俺はからしを集めてる

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「からしでもあつめるか」

 

確かきっかけはそんな些細な思い付きだったように思う。集めれば何かが起きる、集めてみてわかることがある。

それから俺は4つのからしを集めた。長野駅の中で食べた信州おでんについてきた和がらし、妻が買ってきた納豆の中に入っていたからし、東京のミニストップでもらったからし、4つ目のからしはもうどこで手に入れたか忘れたが、とにかく俺はからしを集めようとしたのである。

 

ある時子供に集めているからしが見つかった。

「おとうさん何でからしをあつめてるの」

ストレートに聞かれてしまったが答えようがなく、バツが悪くて「あっちへ、いけ!」と追い払ってしまった。走って去っていく息子の背中を眺めながらだめな親だと反省した。

ある時妻に言われた。

「子供が『おとうさんがからしを集めているのはなぜか』と聞いてきたけど私は答えようがなかった」

真顔でそんなことを言われてとてもつらかった。息子は俺がからしを集めていることを依然気にしていたようだが、同時に俺に聞かず母親に聞くことはなかろうにと思った。正々堂々俺に聞けと。あつめているからしごときで、4歳の息子に気をつかわれているのが情けなかった。

 

最近息子が食い終わったゼリーの容器を集めていることを知った。16個も集めているそうだ。今後は食い終わったヨーグルトの容器を集めるのだと母親に言っていると聞いた。

「お前は食い終わったゼリーの容器を集めているそうだな」

そういうと息子は無言でそれを持ってきて俺に見せたので、頭をなでて「お前はこれからもゼリーの容器を集めなさい」「おとうさんが応援するから」

そういうと息子、ゼリーの容器を集めることを認められた嬉しさで突如としてゼリーの容器をテーブル一杯に並べ始めたので「あーあーあーもう!おとうさんがご飯食べてるときは、しないで!」と言うとそれをもって去っていった。

だめな親だと思った。

俺はもっとからしを集めようと思う。

バスケットボールにおける「オフェンスチャージング」という奇習について

中高と部活はバスケットボール部であった俺だが、Bリーグが開幕しBSなどで観る機会もあることから久しぶりに観るスポーツとしてのバスケットボールに向き合う日々である。現役の頃からルールも変わり随分と様変わりし若干戸惑う部分もあれど時々観る分には良いものである。

 

ところでバスケットボールというスポーツ、接触の多い激しいスポーツの様なイメージが強いかもしれないが、実際にはディフェンス(守り)側の体の接触は大概の場合ファールを取られることが多く、基本的に接触は禁止されているスポーツだ。

長年のルール改正の中で大分接触には甘くなってきたと言われるが、サッカー観戦にすっかり慣れた身からするとバスケットの笛の吹かれる頻度は甚だしく、外部の人からは頻繁にプレイの止まる随分とファールの多いスポーツだと思われていたことだろう。

 

相手を叩いてはダメ、掴んではダメ、押してはダメ等など、あれだけ早いパス回しとドリブルを相手に、これだけ接触を制約されてはディフェンス側がボール奪えるわけねーだろと思えてくるのだが、あながち間違いでもなく「基本通りにやれば」必ず数的有利を作り出せて、オフェンス(攻め)側が勝つようになっているのがバスケットなのである。(俺はそう思う)

だからこそオフェンス側の有利な部分を制限するために、24秒以内にシュートを打てとかドリブルを止めたら5秒以内にパスしろとかゴールの下には3秒以上居てはダメ、などの時間的制約でバランスを取っているのだが、相変わらず有利なのは21世紀の現在でもまだオフェンス側である。

 

発生するファールの大半はディフェンス側という、守る側が圧倒的に不利なスポーツであるが、そんなやられっぱなしの哀れなディフェンスが唯一逆襲出来る機会もある。それが今日の主役「チャージング」というファールである。正式に言うと「オフェンスチャージング」と呼び、ディフェンス不利なこのスポーツにおいて、オフェンス側が取られる貴重なファールだ。

ただし、このチャージングが成り立つにはちょっとした工夫が必要であり、ディフェンス側がただジッと黙って待っていても成立しづらい側面がある厄介なファールでもある。

どういうことかというと、ディフェンス側は守りであるのみも関わらず受身ではなく能動的に、積極的に狙っていかねばなかなか起こらないバスケットの中でも高難易度なプレイなのである。『狙っていく』というのがどう意味かというと、成立の条件の1つにディフェンス側の「私何もしてないのにオフェンスの人に押されましたぁぁ!!!!」というアピールが挙げられる。それが全てではないが重要な要素である。

そしてそのアピールとして出されるのが「ウワァァァァァァ!」や「イタァァァァイ...!」などといった思い思いの叫び声。わかりやすさを追求した結果なのだろうが、大体こんな感じであった。

それはまるで心技体を重視する剣道で「一本」が成立するのにその時の「声」が重要なファクターであるように、いつしかディフェンス側のチャージング狙いの「うわあああ!」といったオーバーアクションが必須というか、それをどれほど大げさにアピールするか、といった奇習がバスケット界に蔓延するようにもなっていたのである。

従ってこの「チャージング」は難易度、レアさ、またその叫び声などをトータルするとトリッキーなプレイや3ポイントシュートと並んで、バスケット玄人が「おおお」と喜ぶ名物プレイの1つでもあった。

 

して、この「オフェンスチャージング」について懇切丁寧に説明したのでここから俺の話をさせてもらうが、俺も実はこのチャージングの魔力にとり憑かれし、ディフェンスの奴隷。

試合中、華麗にチャージングを奪ったアノとき――ドッと沸いた味方ベンチと会場のどよめきが忘れられず、日夜ディフェンスのみを鍛錬し続けて3年間、とうとう全員守備・全員攻撃のバスケには存在しない「ディフェンダー」という役職を持つまでになった頃・・・≪攻めたかった≫と悟りながら引退したアツいあの夏・・・・

脱線しかけたので話を戻すが、つまり何が言いたいかというと、俺もオフェンスチャージングを狙って、試合に出ればしょっちゅう奇声を発していたということである。

俺が多用していたのは「オウオーー!!」という声にもならない、のどの奥でこもったような叫び声。オウオーー!である。
俺の高校があった地区ではなぜかこの声が流行しており、「オウオーー!」って言いながら倒れる先輩を見ながら「うわあセンパイかっこいいな...」と、俺もそれに倣った格好であった。

しかし俺の人生、試合中にオウオが成功したのはただの1度だけ。あの時は素晴らしかったナア・・・盛り上がったなあ↑

まあ後は悲惨なもので、深刻なオウオ中毒。一度クセになったオウオがなかなかやめられず、大して激しく当たってないのにオウオーー!って言って審判に「君、みだりに声を出さないように」と叱られて「オウ...」と返事したり、同じ試合で相手の体に一切当たってないのに癖でオウオ!って言ってしまい、「しまった殺される」と思ってそのままネンザしたことにして倒れたこともあったし、晩年は体が当たりそうになったら勝手に「オウオーーー!」と声が出るシステムになり、一番酷いときにはマークしている相手に、ドリブルで体の真横を華麗に抜かれたとき、つい「オーウ!」って言ってしまい監督にお前ふざけてんのかと言われて交代させられたことである。

あの時は味方ベンチも会場も妙に盛り上がっていて、ああバスケって良いなって思った次第である。

名酒『晴閑大』を愉しむ

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皆さんは「晴関大」という焼酎をご存知だろうか。

くさみがなく後味もすっきり、上品で爽やかだが、それでいて飲み応えは十分。普段あまり飲まない人でもロックやお湯割りで十分楽しめるという、鹿児島県南部で作られた甘口の芋焼酎だ。

この焼酎を飲んだことがある、もしくは知っている、という人が居れば教えて欲しい。
偉そうに紹介してみたが、実はこの俺もまだこの幻の焼酎に出会ったことが無い。
売ってあるかどうかも分からない。というか多分無いです。

なんせ「晴関大」は去年俺が考えた架空の焼酎だからだ。

「晴関大」・・・、読み方を「セイカンタイ」といい、程よく酔っぱらって来たとき、俺は何の前触れも無くコイツを注文する。しようとする。

「して、この店にはセイカンタイは置いてありますかな。」

あるわけがない。ねえよ。だがそれを真顔で言って、言っている自分だけがただ満足するという、店員にもその場に居る方々にも何らメリットの無い迷惑行為を、俺は時々やっている。「あればロックで頂きたいのだが・・・。」とかなんとか言うのである。

「無いものを注文してどうすんだこのアホ、迷惑だ」という声がフレッツ光のケーブル越しに聞えて来そうだが待って欲しい。

《全国に何百と焼酎の銘柄があるのだから、ひょっとしたらセイカンタイなんていうイヤラシイ名前の焼酎もどこかにあるのでは・・・!?》

「セイカンタイ」、普通に考えればそれは「アノ帯」を連想させるCuteな文字列ではあるが、なんとなく焼酎の名前としてもギリギリOKな感じがしないでもない。岐阜とかその辺にあるかもしれない!

そんな儚い期待が奇酒「晴関大」誕生の源であり、居酒屋に行く度にコイツの名を出していればいつか「はい、入荷しております。お飲み方はいかがなさいましょう?」なんていう奇跡が起こるのではなかろうか!と考えているのだ。

原材料である「暇」を蒸留させた実に悲しいお酒の話である。では、今日はこの辺でさようなら。

 

ー完ー

 

 

すいませんが、もう少しこの話を続けてもよいでしょうか!

 

もっとも、そんなことを店員さんに尋ねても大抵その場で「申し訳ございません、メニューにある分しか置いて無いです」と返されるのが関の山。存在する可能性は限りなくゼロに近く至極当たり前の回答であるし、そもそもその程度の扱いのほうが助かる。
こちらとしても「あ、やっぱ関東だと無いかあ・・・」などとつぶやいてその場は終わることができるのが一番良いのだ。

言えばそれで満足、要はただ公の場でセイカンタイと言いたいだけの変態である可能性もかなり高い。店員さんにはこの場を借りて謝りたい。

ただ稀に、大概入ったばかりと思しき若い店員の方、「はい、少々お待ち下さい」と、奥へ引っ込み先輩店員に尋ねに行く方もやはりいて心が痛む。

《あの、センパイすいません、セイカンタイってありますか・・・?》
《ん、乳首だが・・?》

そういうやり取りがあったのだろうか、戻って来るやもの凄い軽蔑の眼差しで「メニューに載せているものだけしかございません」と冷たく一言。

本当にすいません。この場を借りて深くお詫びいたします。もうしません。してません。

缶コーヒーをおごってもらった話

昔の会社の話だが、上司から小銭入れを渡され「これで缶コーヒー買ってきてくれ。」と言われた俺は、買いにいこうとした背中で「もちろん、お前の分もな。」と言う上司の声を聞いて「はい」と返事をしながらダッシュで自動販売機に向かった。

しかし自販機の前で開いた上司の小銭入れの中には5円玉とか10円玉ばかり、カウントすると残念ながら100円にも満たず、マジかよと思いつつも自分の財布を出し、俺の金で上司と俺の分、二本の缶コーヒーを買い走って戻った。

「いただきます」

俺の金で買った缶コーヒーを上司に渡し、俺の金で買った別に飲みたくもなかった缶コーヒーをヘエコラヘエコラとありがたそうに飲んだ。

それを見て上司、満足そうに「フフ、おう、いいぜ」などとのたもうて、俺がおごってやった缶コーヒーをいつものように特に味わうでもなく無表情でズズズと吸うように飲んでいた。

俺も今度後輩にやってやろうと思う。

チンポ型のポンチ画、爆誕問題について

仕事柄、部品や筐体、完成図など打ち合わせでは色々なものの「寸法」「形」を決めなければならず、その場で簡単な画(え)を描くことが多い。
これらはポンチ画(え)と呼ばれ形がわかれば手描きでも問題ない。ポンチ画の上手い下手は我々の業界では一つの能力のようなもので、それを元に設計のベースになるなど、たかがお絵かきでもなかなか侮れないものなのである。

だが小学生的な感覚で見た時の、「ポンチ」というそのなんとなく際どい名前はどうだろう。
初めて聴く人には確実に「おや?」と引っかかる言葉だと思うが、「はて!ポンチ、なんのことでしょう」などとピュアネス全開の方はここで読むのをやめてください。
勿論我々は慣れきったフレーズであるから今更ポンチ、ポンチと言っても表情も自分のポンチも全く微動だにしないわけであるが、時々このポンチという言葉が妙に輝き出す瞬間があるのである。

それはどんな時か。
めちゃくちゃ単純で恐縮ですけれども、色々と描き進めるうちにポンチ画が偶然チンポの形になる時である。

 

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※ポンチ画


これは作るものの業界にもよるのだが、それらしい形のものに色々と線を引いているうちたまたま、、たまたまチンポ型のポンチ画になる一種のハプニングなのである。
大の大人が眉間にしわを寄せて議論する中で、その瞬間のみ「チンポwwwww」みたいな空気が確実にその場を支配し、描いた方も「あっ」というような感じで変な感じに目があう訳。まあ、あっ!て声出したらもうその人はアウトなのですが...。

チンポ画の爆誕問題、しかしこれは作図ルールなどに鑑みると起こり得る要素はたくさんあり意外と珍しいことではなく、有史以来我が国で何千万、もしくは何十億と描かれてきたポンチ画の歴史の中で恐らくそのうちのコンマ数パーセントは偶然チンポの形になってしまったはずである。ちなみに今コンマを使ったのは偶然です。では、今日はこの辺で終わります。

 


と言うのは!と言うのは冗談でして!続けます。

俺自身、これまで実に二回も意図せずチンポ型のポンチ画をこの世に召喚した事があり、他人が描いたチンポ型のポンチ画も一回見た。
その度に「チンポwwwww」となるのは、これはもう何人も禁じる事は出来ないヒューマン共通の素直な気持ちであるので許して欲しいのだが、更に辛いのがこれを元に設計が始まり、CADで描かれた真面目な線の、真剣な、よそ行きのチンポの図面が出できた時であり、それを取引先に提出、承認を経て返ってくるまでの間「ああ、承認の回覧がなされるうち各所で『チンポ wwww』と後ろ指指されたのだろうなあ」等と思うと辛い部分が有り、それが実際に製品になって現物になるときに、工場などで爆笑とともに、盛大なスタンディングオーベーションと共に出荷されるのだろうなあ!などと考えると、その発端となった者としてはとても申し訳なくも誇らしい気持ちになるのである。

考えてもみて欲しい。
この世のすべての製造物には全て構想があり、図面があるのである。例えば新型のディルドが開発される時もしかりなのである。
ディルドの図面だって関係者に回覧され、改訂を重ねながら、何人かの承認を経て製作スタッフにわたる。
俺がディルドメーカーの設計部門のマネージャーだったとして、自分のところに週に何枚ものチンポの図面が回ってきて部下から図面の承認をお願いします、などといわれたらもう気が狂ってしまうかもしれない。しるか!と言っちゃうかもしれない。
果たして、カリのところに赤ペンでチェックなどして「Rをもっと大きく。」など指示をする作業を週に何枚もこなして正気が保てるだろうか。

《チンポの正しさをお前が決められるのか?》

そんな神の問いかけにハッキリと答えをだせるのか、俺には自信がない。


すいません、途中からなんの話していたか忘れましたが、とりあえず仕事は楽しくやっております。