オカヤスの「おかず丼」

昔食べたものでいまだに忘れられずに記憶に残っているものが幾つかある。味そのものに感動したという類のものとは違う、思い出、エピソードと共に思い起こされる印象深い食べ物が皆さんにもあるのではないだろうか。 大学2年の途中まで住んでいた寮があった…

「セックスが上手い」とは何か

「○○は車の運転がうまい」「××は下手だ」という、車の運転に関する評価があるが、残念ながらその運転の上手い、下手という概念がいまだにハッキリとよくわかっていない。 MT車のギアチェンジなんて今や趣味の世界、各種センサー、カメラに守られた現在の車に…

2018年に読んだ面白かった日記記事

bokunonoumiso.hatenablog.com 昨年紹介したような感じで今年もいろんな記事の中で面白かったなと思うものを紹介します。オモコロ/ハイエナズクラブのおおきちくんと、ノオトの神田さんから教えて貰ったのが大半ですが、去年面白い記事を紹介してから自分の…

思い出のフェアレディ・ゼット

度々書いている通り、昔築地市場で働いていた。築地も豊洲に移転し、最近何かと思い出す事も多い。この年末久しぶりに休暇で日本へ帰るが、5日間は東京にいることだし時間があれば立ち寄ってみたいものである。 今でも思い出すのはあの当時自分の上司だった…

「悪い人じゃないんだけど」の前置き

「悪い人じゃないんだけど」と前置きすれば悪口は幾らでも言っていいと思っている輩がいる。 「悪い人じゃないんだけど」を連呼しながらその人のエピソード、性格、癖、外見から家族に至るすべてを「悪い人ではない」と言いながらも全否定、ワタシ体力ないか…

キノシタが家にやってきた

omocoro.jp 先日「古本屋にあったヤバいエロ本」というテキストをオモコロの文字そばという連載コーナーで書かせてもらったのだけど、このキノシタについては別のエピソードがあって、それはこのキノシタがなんと自分の家に親の本の買い取りに来るというあま…

つり革ソムリエとの遭遇

昔、仕事の移動中に乗っていた電車の中での話。 「ガーン」というドアを激しく閉める音とともに隣の車両から移動してきたのは50代の男性。服装や表情といった外見から放たれるちょっと普通じゃない感じに加え、独り言にしてはかなり大きな音量で何かブツブツ…

上司に俺の愛妻弁当を食べろといわれ

以前仕事場の上司に突然「おい、俺の弁当食ってくれるか?」と言われ、持参してきた奥さんの手作り弁当を突然渡された。何らかの用事で弁当が食べられなくなったらしいその人は、俺に自分の弁当箱を渡すと俺の答えも聞かずにスタスタと去っていった。 よその…

家に居ながらにして「教室のみんな、元気?」と言われ

小学生のとき病気などで学校を休むととりあえず何もすることがないので大体午前中は寝るか、それ以外はぼんやりとテレビを観ていたように思う。 いつもより遅く起きると兄弟や父親は既におらずいつも散らかっている部屋は母親により片付けられている。いつも…

増水した川に浮かんでいたダッチワイフ

あれは確か中体連が終わり、3年生が抜けたバスケット部が我々2年生のものになっていた夏休み中の出来事だったと思う。 その週の大半は大雨であった。特にひどかった前日の大雨が上がると急に天気は良くなり、久しぶりに自転車で部活に行ったその帰り、俺は自…

大学1年生、初めてのアルバイト面接

高校は部活三昧であり九州のド田舎でもあったことから、初めてのアルバイトは大学1年になってからであった。 そんな人生初めてのアルバイト先は渋谷の東急百貨店のデパ地下で洋菓子の販売員。デパ地下の食料品売り場というと、キチッとした雰囲気と清潔感が…

寒かったがポロシャツを着た

「お前太ったな~」 その日の晩、日本食レストランで日本からの出張者が俺の体を見てそう言った。彼は日本から来た弊社役員、最後に会ったのは1年と2ヶ月前に本社で出国前に軽く面談をした程度の薄い間柄である。 本人に向かって気軽に失礼な事を言うことで…

大人の階段

大人とは子供が作った幻想なのかもしれないが、それでもやっぱり大人の階段はこの世に確かに存在する。確実に我々は何かをのぼり、高みに向かっているはずなのである。 ■会議 会議でこわい人が「なめてんのか!」という不規則発言をしたのだが、議事録を取っ…

クリスマス前、俺は真夜中の築地市場でイチゴを警備した

とうとう築地市場が豊洲へ移転したと聞いた。この話をまさかアメリカで知ることになるとはかつてあの場所で働いていた自分は思ってもみないだろう。 思い出せば俺が20代前半に築地市場の青果部門で働いていた時分から「夢の豊洲市場移転!最新鋭の豊洲市場で…

中野駅前のラスベガス

ファミコン、ファーストフードに炭酸飲料と子供のころに親から色々と禁じられていたものが多かった関係でいつしか感心すら抱かぬようになり、結果としていやと言うほど自由を与えられることとなった大学生になって初めて体験するものが多かった様に思う。 進…

死んでなかった世良公則

場所もハッキリと覚えているのだが、生まれ故郷である佐賀県唐津市の市民体育館近くにある道路下のトンネルに、スプレーを使い、かなり大きくまた太い字で「世良公則殺す」と書かれていた。 最初に見たのが多分小学生の頃だったと思うが、ヤンキー特有の気合…

受験勉強と角兵のたぬきうどん

勉強は学校と家でやれ、なる親の方針で子供のころから塾とか予備校の類には一度も行かせてくれず、大学受験ですらただひたすらに自学に頼るのみであった。もっともそれも俺だけではなく、ド田舎であったからまともな予備校もなく、中には福岡まで通うもの、…

ディズニークルーズでなぜかYMCAを踊らされた

今週は丸々一週間休みを取り家族でディズニークルーズへ行ってきた。フロリダ州のオーランドからバスに乗りディズニーが持ってるデカい船でバハマへ行くのである。 クルーズ船内はディズニーが溢れ、毎日イベント三昧、立ち寄った島では一日中ビーチで遊び夜…

アメリカで運転免許を取得した時の話

日本の運転免許があれば、あとは国際運転許可証を持参しさせすれば基本的には海外でも運転が出来る。しかしこれにも1年という期限があり、更新しさえすれば引き続き運転し続けることは出来るものの、短期滞在でもない限りは大抵のアメリカ駐在員は現地の運転…

息子、小学校へ入学

アメリカの小学校は8月から。入学式もないアメリカの小学校へ入学する息子より30分早く、「では行ってくるね」と何時もどおり車で会社へ出勤した。 自分の息子の小学校入学をかくも地味に平素と変わらぬ朝として過ごしてしまうとは思わなかったが、とにかく…

テレビ会議が苦手である

皆さんは多拠点間での電話会議、またはテレビ会議をやったことはあるだろうか。 普通の会議と違って大人数にも関わらず完全なフェイス・トゥー・フェイスではないというのは妙にやりづらいものであって、特にマイクや画面の向こうにいるであろう大人数に向か…

どういうゴキブリなら俺たちは許せるのか

アメリカの俺の住む地域は緯度が北海道とほぼ同じ。冬はマイナス20度にもなり、ゴキブリもいない。ゴキブリが大嫌いな者にとってはそれだけで永住したくなるというもの。そう、俺も皆様と同じくゴキブリが大嫌いである。 かつて職場にて「なぜゴキブリはあん…

パンツタオルという発明

かつて風呂あがりにタオルを取ろうとしたら脱衣所に常備しているタオルが切れていたことがあった。よくあることではあるが、風呂に入る前にタオルの有無を確認するような習慣もなく、残念ながら着替えはあれど体を拭くタオルがない。 ああめんどくさいと思い…

ジジイ、なぜ何にでも七味をかけるのか

男はある一定の年齢に達すると何にでも七味唐辛子をかけるようになる。 うどん、ソバ、牛丼、モツ煮、時には味噌汁にまで、個人の自由とはわかっていながらも色んなものにお構いなく振り掛けられるあの七味。おいおいやめたまえよと、皆様も心の中で一度はた…

神宮球場で東京音頭をテキトーに歌ってしまった

東京に住んでいたときに神宮球場に野球を見に行ったことがある。観たのはヤクルト・巨人戦であった。 購入したのは外野の自由席。人気の巨人戦だとは言え、夕方六時から行けば自由席には人もまばら、座りたいところは選び放題。野球観戦に慣れていない俺はど…

忘れられない、学生寮の納豆の味

納豆が好きになったきっかけは大学2年の夏まで入っていた学生寮の朝飯で出てくる納豆であった。 パック納豆が各自に与えられるのではなく、ボウル状の大皿に何パック分かわからないがネギとタレが加えられ、よくかき混ぜられた納豆。ある朝食べてみたら美味…

まだ時々、ゆっくり留年する夢を見続けている

今でも時々夢を見る。目の前でゆっくり留年していく俺である。防げたいくつものミスをほったらかしにして確実にゆっくり留年していく俺を目の前で止めることもせずに眺める夢である。 俺は大学を留年した。単位が4単位足らなかったためだ。本気を出せば取れ…

ガラガラヘビがやってくる

とんねるずの18枚目のシングル「ガラガラヘビがやってくる」という歌が流行ったのは俺が小学生の時。1992年だった。 俺の通う小学校ではどういうわけか冬場にはあの歌に合わせて全校生徒が縄跳びをさせられていた。通っていたのは全校生徒1000人近…

ハイエナズクラブ自由研究2018について

ハイエナズクラブで個人ブログ・サイトを対象としたコンテストをやっております。 現在も募集しておりますので興味のある方は是非応募してみてください。募集要項は下記のページで見ていただければと思いますが、簡単に言うと「一発の記事」ではなく「ブログ…

ある戦争体験者の話

佐賀県育ちの俺はというと、小学生の頃の修学旅行といえば決まって長崎であった。同じ隣県の福岡よりも異国情緒溢れ、手っ取り早く観光地を味わえるのも理由かと想像するが、選ばれるもう一つの理由は長崎が原爆が落とされた都市であることで、平和教育もそ…