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男35歳、人生の折り返し地点を迎えて

1月8日は俺の誕生日。ついに35歳である。

これまでもついに34歳、ついに30歳、ついに20歳と誕生日のたびにいちいち騒いでいたが自分の誕生日ぐらい騒がせて欲しい。しかしまあ35歳である。

先日会社の先輩が40歳の誕生日を迎えて曰く「人生の折り返し地点か」。なかなか重みのある言葉だ。

80歳まで生きるであろう事を想定すれば確かに40歳は人生の折り返し地点、もうじき自分もそこに達するのであろうが「人生の半分」というのはどんな気持ちなのだろう。後半分しか生きられないという恐怖かようやくここまで来たという達成感、はたまた安堵感なのか。

実はまあそんなことはどうでもよくて、それを聞いて俺が思ったのは「この先輩、残りの人生はすべてジジイか...」ということなのである。考えるとゾッするというか、人生に半分で折り目をつけるとかくも悲惨なのかと悲しくなった次第。前半と後半の落差よな。

折り返し地点というから、人生の往路を思い返すと、誕生、乳児、幼稚園、小学生、中学高校、大学生、そして社会人。ここまでの道のりは長く険しく、そして変化に富んでいて、楽しくも辛い、人生という長い旅路を往くようなものではなかったか。

ところが復路はどうですか、往路であんなに変化に富んでいた年代ごとの属性は、復路になると常に「ジジイ」である。細い直線道路に現れるのはジジイ、ジジイ、そしてジジイ。そのステージは「会社員」と「無職」しかない。

そもそも「折り返し地点」って何で元に戻れると思ってるんだという疑問もあるのだが、最後はオムツをするという意味ではそれも真理なのかもしれない。

もし俺が70歳で死ぬのであればここが折り返し地点かもしれず、あまり考えたくはないが割と早めに50歳そこそこで死ぬのであれば、既に復路を駆け抜けている最中なのかもしれない。どちらにしてもこれからも後戻り出来ないジジイ道をまい進し、世の中に迷惑の無いようにしおらしく生きていきたい。

 

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