無害なジジイになるために

今のところジジイと呼ばれる方々を見て、わあジジイだジジイだと騒ぐ側にいるのだけれども、ある層から見れば俺もすでにジジイなのであり、ジジイなのかそうでないのか、気の持ちようが定まらない微妙な年齢なのかもしれない。

ジジイはもう目の前、ならばメンズたるものいろんなジジイの不可解な行動を観察し、近い将来かならず訪れるジジイ期に備え、そのような真似だけはしないことによって最低限無害なジジイになるための用意が必要であると考えたわけである。

 

会社近くの中華料理屋には1週間の日替わりメニューがあり、水曜日のその日は「ジャガイモと牛肉の炒め物」であった。

オフィス街の飲食店は早々に満席になり、その男性は俺が食べ始めたときに入店し、「相席でよろしいですか」と言う店員の提案を承諾する格好で、テーブル席の俺の正面に座った。

見た感じ年齢は50代後半、結構ふくよかなお方だが、ややパーマがかった不自然なほどの真っ黒な頭髪に加え、シャツの着こなしはきちんとしているので、見た目には気を使うタイプなのかもしれない。

手ぶらなのでこの界隈の企業の管理部門に在籍しているのではないかと推測されたが、どうもこの店には初めて来たのか、見開きのグランドメニューをまるで子供が絵本を読むようにジッと、すみからすみまで睨みつけるその男性。そのジジイらしい、実にジジイ然とした挙動はジジイそのもの。「ジジイだなあ」と思わせる安心感がある。

程なくして「あっ」という表情で、置いてある「日替わりメニュー」という1枚の手書きの印刷物をみとめると、今度はそれをギョーシし始める一連の動き。蝶が花の蜜を吸うように、シャケが川を登るように、また、天丼の中に天ぷらが入っているように、、、、ジジイは日替わりメニュー表をすぐに発見出来ないよう設定されているのである。

日替わりメニューは1種類だけ、その日は水曜日なのだから日替わりは「ジャガイモと牛肉の炒め物」と決まっているのに、上から下まで舐めるように熟読するその男性。日替わりメニューにするのであればそこに悩む余地はないのであるが、これが人生という選択の連続を勝ち抜いてきた男の生き様。

悩むこと1分ほどか、厳粛なおももちで「ふむ」と納得した表情で、しかし遠慮がちに挙手。中国人の女性店員を呼んで曰く、


「じゃあ、日替わりの金曜日のやつ

 

今日が水曜だろうとオレには関係ないぜという衝撃のジジイアンサーであったが、2秒後には「今日、水曜日デス」とカタコトの日本語でたしなめられ取り乱すその男性。ジジイというのはこのようにとってもマイペース。とてもカッコいいのである。