酔っ払って商談室に現れる遊び人風の男、ジーコマ

前職で出会った強烈な客。商談の場に余裕で前日の酒を残して現れる、大変酒臭い小島さんという方の話をしよう。

年齢は40代と思われ、黒髪にロン毛で見た目こそ遊び人風だが顔はものすごく地味。大手自動車部品メーカーの生産技術部所属だがそれにそぐわぬテレビ業界人的な見た目から、シータク的な意味合いで俺はひそかに彼を「ジーコマ」と呼んでいた。

ジーコマの酒臭さに気づき始めたのは最初に会ってから4、5回目のこと。最初はときどき臭う程度だったが、それ以降酒の臭いをさせてくる頻度はドンドン上がっていき、前は3回に1回の割合だったものが最終的には午前中の商談ではほぼ100%、酒の臭いを漂わせてくる様になってしまった。

会う度、会う度こうも酒臭いとさすがに心配になる。こんな状態で仕事は出来るのか、社内的に大丈夫なのか、そもそも体は大丈夫なのか。

などと、最初の頃はジーコマのことを心配する余裕があったが、ある日を境に酒が残っているというレベルではなく、完全に酔っぱらって商談に現れるようになり、心配っつーか、もの凄く迷惑に感じはじめたところが今回の話の始まりである。

 

自分で言うのはなんだが、ジーコマは俺のことをもの凄く気に入っていたようで、これまでに向こうから用も無いのに何度も呼びつけてきては色んな話をしてくれた。自分の会社の情報、業界の動向、さらにはジーコマの家族のことや現在の自分のポジションに絡むグチのような話もだ。

ジーコマの会社は徐々にあの当時勤めていた会社のメインの取引先になろうとしていた。会社の情報や業界動向についてはもの凄く有り難く、お陰で仕事には色々と役に立ったものだ。愚痴を聞くために訪問するのだって現在の取引状況を考えれば会社的にも「定期訪問」と考えれば何も問題はなく、お付き合いという意味で営業としてはよくあること、無駄な事ではない。

にしても、だ。ジーコマの酒臭さのレベルが高まるのと比例し、ジーコマとの商談に占める仕事に全く関係無い話の比率が異常に高まりつつあることに俺はもの凄く危機感を感じていた。比率だけでなく、雑談のヴォリュームも大幅アップなわけ...!

その話の内容ときたらジーコマが若かりし頃の武勇伝が大半で、あとはジーコマが出会ったもの凄い人列伝とか、ジーコマのおすすめの映画の話、ジーコマが体験した怖い話、ジーコマおすすめのお手軽料理などなど、そのジャンルは多岐に渡り、もはや「総合エンターテインメント」の様相を呈していた。最終的にはここに有線放送のコメディチャンネルのごとく「ジーコマのちょっと笑える小話」が加わると、状況はいよいよ悲惨さを極めつつあった。

ジーコマのタチの悪さはオーディエンスとの一体感、コールアンドレスポンスを求める点である。話をしながらただ「なるほどごもっとも」と頷くだけでは「ホントにそう思ってるのかよ?」などと絡まれるし、ならばと「いや、それは違うのでは!」などと口答えしようものなら「なんでだよヴァカ!」となってしまい、じゃあ聞き流そうと心を凍らせて虚空を見つめていると話の途中に定期的に「で、どうおもうわけよ?セイ・ホーオ?」と確認の小テスト的な質問が細かく入って来てキチンと聞いておかないとマズいのである。とにかく辛い。

ただし、そのような冗長な雑談の相手をすればご褒美とばかりに検討中の案件が勝手に前進している場合が多く、ビジネスマン的には実に大事な時間だったのだが、いかんせん辛かった。

 

もうひとつの辛さ、ジーコマは全く気付いていないのだが同じ話を何度もしてくるのである。

「学生時代、アフリカに行った際、夜道でハイエナに襲われたものの、持ち前の度胸と機転によって見事撃退した話」がその一つである。実に過去二回聞いている。

この話をする前ぶれとして、突然ジーコマは何の脈略も無いのに「ねえ、ハイエナって知ってるかよ?」と聞いてくる。知っていても「いやあお名前だけは...」と答えれば取りあえずハイエナの概要を説明してくれるのが毎度の流れ。それも「ハイエナは実は強い」的な、テレビでやっているレベルのハイエナ豆知識なのですごく辛い。

一通りハイエナの説明が終わるといきなり始まるのが青年時代のジーコマが精力的に世界各国を旅した話。くだんのハイエナ撃退ストーリーはその中で始まるのである。

「訳あって」アフリカに滞在していた青年時代のジーコマが夜道を歩いていると突然周囲に何かの気配。気付くとジーコマの周りを囲む豆電球のような光が...!

ここで一旦止め「一体何だと思うよ」とジーコマは問いかける。世界不思議発見とほとんど同じ構成である。

初めてこの話をしたときジーコマは「へっへっへ、分かるまい」みたいな余裕をたたえた表情でこちらを見てきた。

《いや、ハイエナだろ・・・・》

コチトラ、冒頭に唐突にハイエナの話をするというNextジーコマ'sヒントを頂いているので正直それがハイエナの目の光であることはマル分かりなのだが、だからといってそうは答えられない。俺はバカのふりをして「いやあ、ホタルか何かですかね...?」と言うと、「プププ...わかんねえか、ブアッカだなあ!!」とバカにされ「ハイエナだよハイエナ!」と言われるのを黙って聞かねばならない。このやり取り、今まで実に二回。なんなんすか。

結局最後はおよそ2分間に及ぶジーコマとハイエナのボスのにらみ合いの末(ジーコマ、なぜかボスを特定、さらになぜかにらみ合いになる)、ひるんだハイエナのボスが「チッ、やめだやめだぁ」とその場で解散を宣言して見事ジーコマ大勝利!というハッピーエンドになるのだが、こんな正味2分ぐらいの実にしょうもないストーリーを熱っぽく30分も使って詳しく解説してくれるのでたまらない。

「いやあハイエナとにらみ合っていたあの時間、実際は2分ぐらいだったけど、俺には30分に感じたね。」

俺もだよ!

 

何度も同じ話をするものだから最終的にはジーコマの雑談に出てくる登場人物を俺もほとんど覚えてしまい、例えばジーコマが学生のときに付き合ってたコをまんまと奪った男の名が「セイキ」で、「文字通り性器に女を獲られたわい、ガッハッハ」という、これぞジーコマのちょっと笑える小話やで~!というストーリーがあるのだが、この話をジーコマが俺に聞かせようとしたときに(このとき実に三回目)、このストーリーのキモであるはずの「セイキ君」の名前をジーコマが全く思い出せず「ええと、ええとなんだっけなあええと、、オェッ?アウェッ?」とまさかの長考がスタート。10分ほど経過し、なおも「うわあ、、ええと」と思い出せずにいるジーコマにイラ立ち、つい「セイキくんですよね。」とポロリと言うと「オイ、オマエなんでしってんだよ!?オ!?」って、貴様このふぁfじゃjfじゃおい♪いふ▲ぁ!!!

まあなんというか、かくのごとき次第である。

 

ジーコマは実は技術系の派遣社員で最終的には当然のように酒臭すぎてクビになるのだが、結果的に最後の面会となってしまったある日の別れ際に「今度、もの凄く怖い話あるから聞かせてやるよ(ニヤリ)」と言われたのが今も忘れられない。

突然居なくなったジーコマ、ほかの担当者に聞いても無表情で「辞めました。」しか回答されず、さらに追加されるはずだった「怖い話」の正体が今も気になっている。