「たたき」「にこみ」等の安直な食べ物のネーミングについて

おにぎり、おやき、おつくりなど、そもそも食べ物ってものは作業内容や外観がそのまま料理名になるケースが多いのは重々承知しているのだが、それでも「たたき」「にこみ」「あぶり」などの、ほとんど動詞そのままの朴訥すぎる料理名を見たときにはRPGにおける「ああああ」ほどではないにしろ、それに近い感情でもって勝手に同情をしてしまう俺である。

一方で、こうした朴訥な料理名には、その朴訥さ故の人に媚びないかっこよさ、または究極のシンプルさが由来の「オーラ」を感じるのも事実なのであり、例えば「コチラ、たまごの"茹で"でございます」などと紹介されてゆでたまごが1つ目の前に置かれれば「おお...なるほど×100」となるであろうし、「コチラ、トマトの"冷やし"でございます」など、厳粛な雰囲気で冷やしトマトが1つ、目の前に置かれれば「おお...これは手の込んだ...」となるはずである。

これらの料理名、元々は作る人間が呼び合っていたスラングだったと思えてならないがどうだろう。ストレートに調理方法を伝えるのに、作業名そのままの方がわかり易いからだ。

そう考えたのは似たようなケースが物作りの現場でも多く見られるからだ。
製造業などはわかり易くその加工内容を伝える必要がある為、朴訥な表現の宝庫である。

「みがき」「にがし」「ぬすみ」

製造業に従事する者であればこういった用語に遭遇するのは日常茶飯事。例えば「みがき」はそのまま研磨をして規定の表面粗さ規格(ピカピカの度合い)にする事であり、「にがし」はそのまま、他の何かと当たらないように削ったりして「逃がす」こと、「ぬすみ」については「にがし」と近い意味合いで用いられることもあるが、軽量化等を目的としてもっと大きく削る、ないしは設計の時点で凹ませておくなどすることである。

 

元々俺は築地市場の中で仕事をしていた経験があるのだが、市場といえば一般人には理解しがたい市場用語が使われるのも有名な話。ああみえて全国共通できちんとした用語が定められている共通言語である。

歴史の古い業界、職業になればなるほどこの手の単純な用語が増えてくるもので、例えば「なやみ」「もがき」などがそう。

「なやみ」は「まったく売れない状態」で、その名のとおり売れずに悩んでいる人間の状態から出来た用語と思われる。
「もがき」は「なやみ」の逆。「売れすぎて需要を供給が満たせない状態」、つまり売れまくってる状態。

もがいている、という言葉のネガティブな印象からすると「売れてるのになぜもがくのか」と違和感を感じるかもしれないが、実際にはあちこちからくれくれと言われているものを大多数の不満を最小限に抑えて振り分けていく作業の方が辛く、卸売り業において欠品するという事にどれだけブチ切れられるかを考えると、「もがき」とした背景も頷ける。
この用語の面白いのはダイレクトに行為ではなく、行為をする主体である人の状態で市況を表現しているところだろう。

市場は専門用語の宝庫ではあるものの、実際には使用するものは限られており、用語の大半は知らないままという事が多い。
また、同じ市場であっても魚市場と青果市場でも用いられる用語は異なり、全てを網羅するのは難しく、その必要も無いと考えられる。
スラングと正式用語の境界線もあいまいで、そもそもローカルルールを入れるとものすごい数になることと、流通の多様化により仲卸だけのビジネスは少なくなり小売店とのやり取りが増えていることなどから市場用語は徐々に形式的なものになっていてように思う。

 

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市場関係にはこの様な市場用語集が渡される。
これがオフィシャルな用語集、市場用語のガイドブックであり、市場のルールや用語、関係する法令関係が全て網羅されている貴重な資料なのである。

最後にこの市場用語の権威たる市場用語集から、最強に安直な専門用語を紹介して終わりとしたい。
それがこちら。

 

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「いろいろ」

 

「いろいろ」だそう。反抗期の中学生が出かけるときに親から何しにいくのか聞かれて答えるアレですね。
して、気になる意味はこうである。

 

"種々の品目、等級のものが一つの容器の中に渾然と区別されない状態で出荷されているものがある。
これらについて、卸売業者は、経済的、時間的観点から区分整理しないで一括上場することがある。
この状態にあるものを俗に「いろいろ」といっている。"

 

なんか「経済的、時間的観点!(キリッ)」とかなんとかごちゃごちゃ言っているが、つまり色々ごちゃごちゃになっていて面倒くさいからそのまま売りたいだけなんじゃないスか…?と邪推したくなるこの感じ。

やんごとなき市場用語集がこう定義しているのだから、全国の大卸、中卸、小売など、流通にかかわる皆様は今後堂々と段ボールに入れた諸々をして「いろいろ」と名づけ、販売して欲しいものである。安直専門用語の世界は奥が深い。