俺の中学には爆弾を作った男が居た。事が事なので名前は仮にトオル君としておこう。
なんとなく「爆弾でもつくりそうな奴」として一般的に考えられているような外見の人間で、頭は良かったが友達がおらずいじめられている訳ではなかったが、誰も話し掛けようとはしなかったような、そういう感じ。
彼は学校内でサバイバルナイフを二本所持していた。
足のところに一本、腕のところに一本。なぜ知っているかというと本人が「俺はサバイバルナイフを持っている」とある日いきなり教えてくれたからである。
しかしそれが何か問題になったという事でもなく「あいつは学校にサバイバルナイフを持ってきているらしい」とまるで禁止されているお菓子を持ってきている程度に至極当然のように受け流された。それは実に平和な時代のこと。
ある日、トオル君がヤンキーの女子に睨んだか何かでインネンをつけられ絡まれているのを目撃したことがあった。あの当時、俺の中学の女子ヤンキーは質、量ともに市内一で有名でその迫力はなかなかのもの。一瞬で数を増やした女子ヤンキーに囲まれたトオル君の姿は詰め寄られるに従い次第に見えなくなる。
だが一瞬、トオル君を囲むヤンキー女の輪が「きゃー」という女子が本来持つ甲高い悲鳴とともにワッと広がったのが見えた。
ヤンキーの輪が広がり、中心に居たトオル君が遠くの俺にも目視出来るようになって初めて、彼が二刀流でサバイバルナイフを振りかざし、戦士のようなポーズをとっているのが分かった。
ヤンキー女子は「ぎゃーー」と悲鳴を上げながら方々へ散っていき、残ったトオル君だけが一人振り上げた拳を降ろす事が出来ず、まさに言葉通りそのまま振りかざしたサバイバルナイフで剣士のようなポーズをとり続けていた。
俺たちは遠くからそれを黙って眺めていた。それは実に平和な時代のこと。
そんな彼が”爆弾”を作ったのは高校受験の直前のことであったように思う。
地元の海水浴場で大量の火薬が爆発し、花火用の火薬を集めてそれを実行した疑いでトオル君が警察に呼ばれたらしいと聞いたのはその事件が起こってからだいぶ後の事であった。どんなものか知らないが火薬の量だけは凄かったのか人が通報する程のそれなりの爆発音だったらしい。幸い被害者は無く、とりあえず蟹が死んでいたらしい。
爆弾事件について我々が曖昧な認識なのは受験真っ只中でそれどころでなかったのか、学校側が生徒を動揺させまいと巧みな情報の統制をした結果なのか。俺はたまたま爆発現場の近くであり、トオル君の家の近所でもある友達からこの話を聞いたのである。
トオル君はとりあえず「悪質ないたずら」という扱いで注意を受けただけでお咎めもなかったのであろう、我々と同じように高校受験が出来ていた。
彼がなぜ浜辺で爆弾を爆発させたのかは分からない。受験のストレスだろうか。誰かに自分の中の狂気を分かってもらいたかったのか、はたまた彼なりの蟹漁だったのか。
あれが試作だったとしたら。彼はきっとまたやるに違いない。
その翌年の夏、高校へ進学した彼が大型ディスカウントストアで一人で花火を買っている姿を目撃した。同じく花火を購入しこれから花火をしようとする我々は、大量の花火を両手にレジに向かう彼を見ながら、彼にこの後花火をする友達が出来た事を祈りながら眺めていた。
完
イラスト:盛岡くん
※本作は過去に盛岡さんと合作で記事を書いていた時のものですが、途中でお互い忙しくなった為お蔵入りしていたものをこのたび本ブログで復活させてみました。