バスケの試合に1秒だけ出た時のことです

高校時代はバスケットボール部。あのときは辛いなんて思わなかったが、土曜も日曜も休まず部活に行っていた日々が今では信じられない。あれだけ時間を費やしたものだからその分部活の思い出も多い。良い仲間たちとの良い思い出。今でも時々思い出してしまうのはあの頃である。

 

高校二年のとき、我が校のバスケ部はインターハイ、国体と並んで高校バスケ界3大メジャー大会の一つであったウィンターカップの県予選でベスト4入りを果たしていた。
それまでの予選では各高校持ち回りで体育館を提供して行われた予選の試合も、県大会のベスト4ともなるとさすがに扱いは特別である。厳しい予選を勝ち抜いた4校はコートの周り360度で座席を有する県内最大の体育館にて1日掛かりの総当たり戦に挑むのである。

そしてこのウィンターカップ予選こそ、それまで大した見せ場もミスもない平々凡々な俺のバスケットライフにおける最もショッキングな事件が起こったところでもある。
俺はあのとき確かにあの場所に立っていた。そう、確かに…。

これは俺の身に起こった一つの奇跡、信じられない物語である。

 

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かつては県内ベスト4の常連とも言われた古豪こと我が校のバスケ部も、あの当時は長い間よくてベスト8、大体がベスト16止まり。慎ましくも「文武両道」を掲げる公立の普通高校であれば、所詮は身の丈に合ったそれなりの練習しかできない、それなりのチームとなるのも当然であるが、そんな我が校バスケ部も俺の居た年代は一味違っていた。近隣の中学校のエースがこれでもかというくらいに集まり、地域の大会であればBチームでも優勝。件のウィンターカップではベスト4まで大量点差で予選リーグを勝ち上がり、試金石といわれた昨年のベスト4のチームとの一戦でものの見事に圧勝をキメたところで県内ではいよいよ「優勝候補」という声が出てくるのも当然のそんな勢いのあるチームであったことを説明しておきたい。

そんなチームで俺は堂々の大補欠である。俺のプレイの特徴を説明させていただくと、ポジションはFW、得意なプレイエリアはシュートを入れると3点入る通称スリーポイントラインのそのちょっと前、入れても2点しか入らないけどちょっとだけ遠いという、例えシュートが入っても「おお、遠いところから…」と遠方の来客を持てなす感じで若干盛り上がる程度の微妙ないエリアである。

大学生のときに合コンでバスケットをやっていたと言ったら「ポジションはどこですか」と言われ説明するもなかなか理解されず、とうとう「えーと、じゃあスラムダンクで言えば誰ですか」などと聞かれて「まあ、流川かな。」と言ったらその女、一瞬俺の顔を見て何かを思い浮かべながら黙りましたからね。流川だけにきっと濡れてしまったんでしょう。ダラ~っと。

流川と同じポジションだったのは事実として、実際のところ得意だったのは守備である。下半身の筋肉がやけに発達していてしかも気持ち悪いぐらいに体が柔軟だった俺なのだが、下半身の筋肉および柔軟性というのは常に中腰を強いられるこのスポーツのディフェンス姿勢において重要な要因であって、長いバスケ経験の中でいつの間にか「最強ディフェンダー○○」とか「スッポンの○○」などと都合の良い言葉に乗せられすっかり「守備の神」して担ぎ上げられていたのである。

褒められるとその気になってしまうのが人の常、試合に出れば醍醐味である攻撃、シュートそっちのけでマークした選手をぴったりマ-クで懲らしめ、試合中相手ベンチから「あいつ、ウザいんだけど」などと聞こえてきて深く傷ついたこともあった。
野球、サッカー、ラグビー。スポーツ、特に球技を構成するのは攻めと守りだが、それは大抵専門の役割として分業化されていることが多いのではないか。バスケットはどうだろう、あの小さなコートの中、5人で攻め、5人で守るあのスポーツの場合、ディフェンスを専門にするという人はあまり多くはない。緊急の場合か何か特殊な作戦の上で『徹底守備』としてスクランブル出動することはあっても通常の試合であまり必要とされない。そう、つまり俺のような守備専門家はバスケには殆ど必要とされないのである。

 そんな感じで我が校そして俺というプレイヤーに関して説明させて頂いたところで話はようやく件のウィンターカップ決勝トーナメントである。県内最大の体育館で360度客席にかこまれた独特の雰囲気の中、いよいよ試合開始だ。

相手は優勝候補の一角。これまでの相手とはわけが違うのであるが、守備専門化の俺はというと「この一戦、出たくない…」など胸の内に秘めた闘志をネガティブな方面に昇華することに成功。正直全く試合に出たくなかった。なぜならミスったら嫌だからである。

いざ試合が始まると大方の予想を裏切り我が高は優勝候補相手に接線を演じる好ゲーム。常にリードされつつもなかなか離されない白熱した展開だ。
このような緊迫した試合では選手交代は慎重に行われる。ちょっとした交代一つで試合の流れがガラリと変わるからだ。

バスケットを始めて以来最も観客の集まる最大の一戦である。初めて味わう極限までの緊迫感。女子バスケ部は勿論のこと、我が校の生徒もこの試合を観に来ているようだった。監督から一番遠いベンチの端っこで腕を組み「この試合、出たくない。」と眼光鋭くよそ見をする俺。そのモチベーションは低い。

 

現在10分×4のクオーター制が主流のバスケだが、あの当時は前半後半で試合が進む。
その前半も半ばになるころとうとう我がチームはこの試合で初めてリードを奪う。古豪復活、下克上かと、盛り上がる会場。さらに畳み掛ける我が校がリードをさらに広げると、にわかに客席が騒がしくなってきた。相手チームのベンチでは「なにやってんだァ!」と敵将の怒声が響き異様な雰囲気である。

我がチームのベンチもこのただならぬ空気を感じ取り、皆興奮状態でかつてないほどコートでたたかう仲間たちに声援を送り始める。雰囲気は最高潮であったが、俺はというと「そのまま俺たちにかまわず、5人で勝て!」とココロからの叫び声をあげた。こんな試合には出たくないものである。

しかしである。そんな願いがあらぬ方向に出てしまったのか、残り時間が6分くらいになった頃、監督が急に俺の名前を呼んだ。なぜだ!俺は守るだけだぜ?オイ!わかってんのか!人違いだとしても今なら許すぜ!

「早くこい!」

ざわつくベンチでは他の連中まで端っこでシラをきろうとする俺に「お前、呼ばれたぞ」と掛けられる声。普段俺には殆ど話しかけてくれないヤリマンのマネージャーも「がんばって!」などと呼ぶ。そんなことより普段から俺と目を合わせんかい!

「緊張するから俺に注目するのはやめろッ」と小声で言いながらベンチから立ち上がると観客席で観ていた我が校女子バスケ部の腹筋が俺よりすごい女が、そのご自慢の腹筋から放たれるよく通る声で「エッ!」というのが聞こえてくる。何であの人なの、というそんな感じの響きであった。黙らんかい。

バスケットでは、相手チームの反則やラインからボールが出でて自チームのボールになるか、はたまたタイムアウトをとったときでないと基本的には選手交代は認められない。(確かそうだった)

監督が俺の名前を呼んだとき、丁度よく我が校が交代の出来るマイボールのスローインというところであった。早く審判に交代を告げなければ試合は動き出し、貴重な選手交代のチャンスを逃してしまう。そういう意味もあり俺が呼ばれたときに「早くこい!」と言われたのである。

「なにやってんだ!早くこい!」

そのスクランブルじみた雰囲気に気圧され、いささか上ずった返事で答えながらベンチメンバー用のジャージを脱ごうとしたのだが、焦っていたのであろうか、いつもにもまして下のジャージが脱げない。脱げないのである。

おっとっと。などとずっこけそうになりそうなところを監督に「あとで脱げ!いいからさっさと来いオラ!」といわれたときには「えっ!?」ってなぜか靴ひもを解こうとしていたユニークな俺でありますが、そんなことをしている間に試合は動き出し交代のチャンスは終了。

「ばかやろう!」

本気で怒鳴る監督に体をつかまれると、試合中にまさかの折檻。「てめぇ、もういいからベンチ戻れ!」と名誉の帰還を果たしたのであったが、もはや指定席であるベンチの端っこへの帰路、観客席からは我が校女子バスケ部の腹筋の俺よりすごい女による、腹筋の凄さと軽蔑の混じった「キャハハ!」という声が聞こえた。黙らんかい。

指定席のベンチの端っこに戻ると腕を組み眼光鋭く試合の趨勢を睨む俺のそのモチベーションは低い。

それにしてもである。ジャージ一枚ろくにぬげずに怒られる男子高校生の姿。それは体育館のみんなが見ていた。客席から見ていた友達や応援に来ていた女子バスケ部、そして知らない人たちに至るまでがなぜか「おやおや」という様な、とっても和やかな笑いに包まれていた。とんだムードメーカーでどうもすいません。

その後何事も無かったように進行するシーソーゲームを眺めながら、《この試合、下手したらこの大会ではもう二度と出番は無いな》とそう思っていた矢先である。先ほどの脱げないジャージ事件から間髪いれず、前半残り2分頃だっただろうか、俺は再び監督から名前を呼ばれたのである。監督がそんなに俺のことを戦力と見ていたとは今日の今日まで全く知らなかったです!

「今度はちゃんとやれよ」

そういわれるまでもなく今度はちゃんとジャージも脱いで交代選手が待機する椅子にささっと座る。監督は俺の肩に手をかけ、極めてタバコくさい声でこう指示する。

《相手ポイントガードには強めのプレッシャーでいっていいから、マイボールになったらとにかく前へ走れ。速攻が出来なかったら前半リードしたまま終われるように時間つかってパス回ししろ》

専門用語が多すぎてちょっと何を言っているのか分からなかったが俺の気持ちはひとつである。

《いやです・・・・!》

 

俺のモチベーションは一貫して低い。

ところがである。こうした具体的な指示を受けたものの今度はなかなか交代のチャンスが回ってこない。先ほど交代のタイミングを説明したと思うが、皮肉なもので今度は待てども待てどもなかなかプレーが止まらないのである。
あまり無いといえば無いが、全く起こらないことでもない。案の定、時計をみたら前半ももう残り30秒。

《交代は無いな》

というか仮に出ても残り30秒で何が出来ようか。交代取り消しでもしましょうかと監督をチラリとみたらば、案の定「ピーーー!」と前半終了を知らせる笛が鳴る。。
スコアを見ると我が校が7点のリード。よーしよしよし、前半はリードしたまま終わることができてよかったよかった、さぁてベンチに戻りましょかい…と思っていたらばどうも様子が変なのである。
立ってベンチに戻ろうとする俺を「君ィ!」と呼ぶ声。そこには手をくねくねさせて何やら交代の合図をしている審判の姿である。
ハッとして、時計を見た。

 

「00:01」

 

そこには「前半残り1秒」であること指す無情な大きなのっぽのデジタル時計。おじいさんの時計だ。

「選手交代~」

その声でようやく状況が飲み込めた。どうやら残り1秒で相手チームのバカたれがファールをおかしたのだろう、時計が止まりマイボールとなったのである。
会場がにわかに騒がしくなっていた。残り1秒で交代に対するざわつきであろうことは容易に理解できた。俺はこの会場の皆が思っている気持ち代弁し、またその当事者として

「え、1秒でも試合でるの?冗談やめてよ~(チラッチラッ」

という顔をして監督や審判の顔を見た。

 「君ィ!早く出てきて!」

 やはり出るらしいのである。頭の硬いお方ナリね。ざわめく会場。俺は生け贄、360度の観客。ここはコロッセウムである。コートに入って行くとそこは試合の真っ最中。誰も1秒のことに触れない。コートに入りながら、俺は先ほどの監督の指示を思い出した。

 

≪相手ポイントガードには強めのプレッシャーでいっていいから、マイボールになったらとにかく前へ走れ。速攻が出来なかったら前半リードしたまま終われるように時間つかってパス回し≫

 

そのあと時計をみた 

 

「00:01」

 

「できるかバカタレが!」

味方チームが半ばええいままよ的なロングシュートをうって前半は終わった。俺は直立不動で1秒をやり過ごした。遠くの観客席では友人、後輩、知らない人が爆笑しているが、それよりも近くにいるベンチの中間達が誰もそのことについて触れなかったのが辛かった。その試合の出番はそれだけである。あの試合俺の出番は紛れも無く「1秒」であった。

結局その試合を落とした我が高は1勝2敗で県三位に終わり、ウィンターカップはおろか二位以上が行ける地方大会にも出ることが出来なかった。そんなことはどうでもいい。それより俺の決勝トーナメントのトータル出場時間、1秒。

 良い仲間たちとの良い思い出。今でも時々思い出してしまうのはあの頃である。