素人がッ!

混み合った電車内においては、ドア付近に立っている乗客は駅に着くと降りる予定はなくとも一旦外に出て、降りる人々の波が収まるまで待って再び乗込むというのが東京の暗黙のマナーであったが最近では駅員のアナウンスもそれを奨励していることから、ほぼルールと化していると言っても過言でなかろう。

最近でこそアナウンスがあるものの、かつては地方から上京したての人や旅行者、同じ都内在住者であっても電車が混雑した時間に乗りなれていない人など、そのマナーに慣れ親しんでいない人はそれを分からず痛い目を見ていたものである。

降りる予定でない駅で人に波に押し出されまいとそれに抗い、つり革に掴まった結果、怒り狂うバイソンと化した降車客の群れにボコボコにされる。大義名分を得て一方向を向いた日本人の団結力と突進力は凄まじく、群れが去った後、そこに残っていたのはなおもつり革をつかみ続ける白骨化した遺体。何度も見て来た光景である。

或る日のこと、普段通勤時間には電車に乗りそうにない、大きな荷物を持った学生風の若者数名がバイソンの餌食になった。命綱であるつり革を手放すまいと必死にしがみつくものの、そこに「オラオラ」と突進してゆくバイソンの群れ。確かにそこは四谷駅ではあったが、谷ったって谷底に落ちる訳じゃなし、手を離して楽になれば良いのに彼ったら強情なんだから、色んな人から憎しみの対象となって故意の肘うちやらショルダータックルなんかを受けて若い彼らももう白骨化間近である。

そんなとき、ある乗客から学生に向けて吐かれた聞き捨てならない一言、俺はアレを忘れはしない。それを電車の降り際に苦々しく発したのはスーツを着たサラリーマン。俺の父親ぐらいの年齢だろうか。

「素人がッ...!」

男性が学生に向かって「素人」であると言ったのである。彼らが素人ってことは、彼は「プロ」である。プロ?!

何のだよ。

電車から降りるプロだろうか。絶対なりたく無い。