埼玉様

日本の商談中によく使うビジネス用語というか慣習というか、どうにも馴染めないものがあった。

それが客先の事業所なり工場なりにまで「~様」を付ける呼び方である。メール、書面であれば概ね「貴○○工場」「貴社 ○○支店」でOKかと思うが、この珍妙な「様」付け現象が発生するのが、商談など実際に先方と相対してその名を呼ぶときである。

「横浜支店様」「千葉工場様」など、実際の日本語のルール上厳密に正しいかどうかは置いておいてこれらは大事なお客様の一部、とにかく丁重に扱って損はないということでおしなべてセーフティに「様」を付けるということなのだろうが、無生物に様を付けるという根本的な違和感が邪魔をして今でも慣れる事はない。

結構前の話なのだけど、ある商談の中でその商談のキーとなる「埼玉事業所」について意見のやり取りが活発になり、最初は「埼玉事業所様」と言っていた出席者だったのだが、ちょっと長くて言いづらいというシンプルな理由も手伝い、いつしか誰かしらによってこれが大幅に短縮、「埼玉事業所様」はついに「埼玉様」になり、「埼玉様の設備ですが...」「埼玉様への人員は...」「埼玉様のご家族は...」と大の大人がよってたかって埼玉を敬い尽くすというお笑い地獄絵図が発生したことがあったわけである。

俺はそんなワケの分からない埼玉信仰には同調する気はなく、むしろここで「埼玉君」と親密さをアピールするか、状況次第では「埼玉」と呼び捨てにして出席者全員「おおお!」ってビビらせてから商談のイニシアチブを鷲掴みしてやりますわ、と身構えていたのだけども、いやあ社会人生活にもどっぷりつかってしまいましてとてもお恥ずかしい話なのですがやっぱり「さ、さいたま様ァ...!」と言ってしまった。昔から長いものと埼玉様には巻かれろといいますし、呼び捨てにすると商談の後でプンプンの千葉様と茨城様がやってきて埼玉様の待つ体育館裏に呼び出されるのではないかと地方のド田舎から転校してきた佐賀様はそう思ったのである。

このように仕事中でも不必要なことに頭を働かせ過ぎているのだが、これでも真剣に仕事に取り組んでいるつもりである。