拾った鍵を扉に挿して行く

鍵を拾ったとしよう。その鍵を持って目に入る鍵穴すべてに挿して回していけばいつかはどこかの扉が開くかもしれない。
しかしそれは途方も無く、またときに危険を伴う試みでもある。この世に扉は数多存在し、そして我々が自由にたどり着ける扉は全てではない。
そして仮に万が一鍵が開いたとしても、そこに我々を喜ばせるものが待っている可能性もまたさほど高くはないと思われる。
従い、我々は鍵を拾ってもその労力、確率の低さに対する得られる対価に鑑みてほぼ扉を目指すことなくその鍵を放置することになるだろう。

ではその鍵が合うであろう扉に多少のヒントがあったらどうだろうか。或いは形に特徴のある鍵で調べると特定できそうなものだったらどうだろうか。そうなれば話は別で、なんとなくその鍵をポケットに忍ばせ、チャンスがあれば挿して回そうという気になるかもしれない。

アド街観た。」

アド街観た。」というと付いてくる限定サービスがある。アド街、つまりテレビ東京の「アド街ック天国」を「観た」とお店の人にいえば期間限定で安くなったり、オマケが付いてくるアレである。

例えアド街を観ていなくても、自分がたまたま訪れた街が最近アド街ック天国に取り上げられていたとしたら、当てずっぽうでもいいから「アド街観た」と独り事で言うのは悪いトライではないのではなかろうか。

「いらっしゃいませ~」
アド街観た。」
「はい?何かお探しですか~」
「ええと、、、じゃあこのチーズケーキを」

会話の中に唐突に「アド街見た」が入ってきてはいるものの、店員と客の会話として何ら違和感はない。ならば言って損することはない。そこに僅かでも安くなる、オマケが付いてくる可能性があるのであれば、それは言わないと損である。冒頭に書いた拾った鍵を延々扉に挿して行くことを考えると大した労力ではないはずである。

「ブランチ観た。」

ブランチ、すなわち「王様のブランチ」を「観た」とお店の人にいえば、やはり同じように追加のサービス、オプションが付いてくるお店があるのだそうだ。先ほどと同じように、これも言わない手はないのではないだろうか。アド街とセットで使えば確率はグンと上がる。それもちょっと独り言としてつぶやくだけでである。

「いらっしゃいませ~」
アド街観た。」
「はい?」
「ブランチ観た。」
「ええと、お客様、今日はコチラがお買い得になってます、良かったらお手にとって...」
「あ、はい、じゃあこのチーズケーキを...」

不自然な独り言は増えたが、全体の流れには大きな影響は無さそうである。

「ゲンダイ見た。」

日刊ゲンダイを「見た」と言うと安くなる風俗店があるらしい。ソースは日刊ゲンダイである。ならばこれも言うしかない。あいにく俺はゲンダイ見たが風俗店以外で通用するケースを知らないが、何事も可能性である。その軽微な労力に対する見返りの大きさを考えるとこれもついでに言わない手はない。

「いらっしゃいませ~」
アド街観た。」
「はい?えっと、何かお探しですか~」
「ブランチ観た。」
「ええと、お客様、今日はコチラがお買い得になってますので、良かったらお手にとって...」
「ゲンダイ見た。」
「お客様?」
「あ、いえ、、、じゃあこのチーズケーキを」