死んでなかった世良公則

場所もハッキリと覚えているのだが、生まれ故郷である佐賀県唐津市の市民体育館近くにある道路下のトンネルに、スプレーを使い、かなり大きくまた太い字で「世良公則殺す」と書かれていた。

最初に見たのが多分小学生の頃だったと思うが、ヤンキー特有の気合いの入ったスプレー文字での巨大なサツガイ予告にはたいそうインパクトを受けたものであった。

街で唯一の総合体育館であったため部活の大会や何かのイベントがあれば都度訪れていた市民体育館だが、その度に「世良公則殺す」はそこに堂々と残っていた。

しかもこれが、良く見るとそれはただ文字が残っているだけではなく、経年劣化で消えかけたスプレー文字は常に新しく、なんと定期的に、新たに上書きされているのである。
赤、緑、白、黄色、、、様々な色のスプレーが次々に重ねられた有様には、書いた者の「世良公則」なる人物へのただならぬ殺意を生々しく表しており、もはやカラフルが過ぎ、ついにレインボーと化した「世良公則殺す」のサイケな鮮やかさと相まって、そこにただならぬアシッドな空間を形成していた。

同じ人が繰り返し世良公則への殺意を忘れぬために定期的に色を重ねていたのか、もしくはなんかの間違いでいつしか伝統行事、ルーチンの類となり、更にはその地区の豊作祈願のための世襲行事的なものに昇華されたのかなど背景はもはや知るところではないが、とにかく俺はそこで繰り返される殺害予告の上書きに「なんて気の毒な人がいるんだ」とぼんやり眺めていたのを覚えている。と同時に、それが来る日も来る日もいまだそれが「予告」として残っているのを見るにつけ「なんだオイ、まだ仕留めてないのか」という邪悪な気持ちも芽生え始めたことをここに告白したい。

そしてこの落書きでしか知らなかった人物「世良公則」が芸能人であると知るまで、またご本人のお顔をテレビで拝見するまでには随分時間があり、それはなんと大分前に芦田愛菜ちゃんと鈴木福くんの怪演によりヒットしたドラマ「マルモのおきて」を観てからであった。(なぜか俺は29歳になるまで全く知らなかった)

「キミがあの世良くんかい...」

想像とは大分かけ離れていたが妙な親近感。「世良公則」が生きている。目の前で動いている。しかも「気の毒な世良公則くん」はなんとベテラン芸能人だったのである。シーラカンスが泳いでいるを目撃したかのようだった。

テレビ画面の中で見せる天才子役にも負けない老獪な演技、その目を見ればすぐに分かるひととなり。とても佐賀県唐津市のヤンキーに命を狙われるような人ではないことはすぐに分かった。俄然燃え上がるハンニンへの憎しみ。そんなわけで皆さんが天才子役の名演技に感動している間、俺は一人、恐らくこの世でたった一人、ようやく会えた世良公則に感動していたのである。

こうなるとますます彼がどうして佐賀県のヤンキーに命を狙われていたのか全くわからない。しかもあんなトンネルにこっそり書くなんて。俺もスプレーでアノ文字をなぞったらなにか分かるのだろうか。犯人の気持ちになるには同じ行動をしてみるのが鉄則である。今度帰省したらあのトンネルに行って答えを見つけてみたいと思う。それにそもそもまだあの落書きがキレイに残っていたとしたら、俺は世良公則にそれを連絡をする義務があると思うのである。

つくづく物騒な世の中である。