大学1年生、初めてのアルバイト面接

高校は部活三昧であり九州のド田舎でもあったことから、初めてのアルバイトは大学1年になってからであった。

そんな人生初めてのアルバイト先は渋谷の東急百貨店のデパ地下で洋菓子の販売員。デパ地下の食料品売り場というと、キチッとした雰囲気と清潔感が溢れているべきものであろうしそれが渋谷のど真ん中ともなれば客層もハイソであるから、それを迎えるに相応しい接客態度が求められるはずだが、まずはそんなところに何故俺のようなC級人間が働く事になったのかという話である。

きっかけはその当時入っていた学生寮の先輩から「就職活動で辞める自分の後任」という形である種引き継ぎのように紹介されたことである。話を聞けばこれがどうも塾の人間によって代々受け継がれている「世襲のアルバイト」らしく、俺を紹介した先輩もまた、誰かに紹介を受けて入ったのだという。

ド田舎から出て来たばかりの18歳にはデパ地下がいかなるものか全く分からず、聞けば「同僚はおばちゃんかブスしかいない」というし、誘われたときはその得体の知れなさに全く乗り気じゃなかったのだけれど、アルバイトを始めるに際してどうしても通過せねばならない「面接」というものに関しては、紹介であるために採用を前提とした形式上のものであるという。

それに元々働いていた人から紹介してもらうということで、新しい世界へ飛び込む際に最も苦労するであろう人間関係の構築という面についてもある程度はスムーズに運ぶのではないかと思い、その仕事内容や職場環境にいささかの疑問は持ちつつも飛び込むこととした次第。 

そこに飛びつくに至るにはアルバイトが見つからなかったという背景もあった。当然、それ以前、自分でもアルバイト情報誌を頼りに色々と探してはみたのだが、コンビニや居酒屋といったスタンダードな接客を避け続けた結果、落ち続ける面接。そしてたどり着いたのがまさかの洋菓子販売員であった。

忘れもしない初めての面接。面接というと高校入試のとき以来で、履歴書だって考えてみればそれ以来書いた事が無いから、あれはもの凄く緊張した。俺の面接をしたのはその店舗が入っている百貨店の食料品売り場を統括する責任者。周囲からは「統括」と呼ばれていたが正式な役職は不明ながら、ともかく権威にすこぶる弱い俺は「統括」という、どれくらい偉いのか全く想像できない肩書きに必要以上に警戒感を示すのみ。

あの当時の俺はというと、当時の大学生にありがちな茶髪で長めのヘアスタイル。採用されるのが前提とは言え、ここで採用された後の事を考えると面接のときには極力印象を良くしておきたいと思うのが普通だろう。それを思うと茶髪というのはちょっと懸念されるポイントであった。

面接の前日であったろうか、ヘアカラーのPaltyという、デザインからしてギャル仕様としか思えない製品の中の「ナチュラルブラック」というものを購入。“一日だけ黒髪に”とかいう謳い文句があって、きっと日本全国のギャルがギャル男が、俺と同じように、バイトの面接時のみ面接官を欺く為にこれを買っていったのであろうか。

どのタイミングで黒くすれば良いのか分からず、とりあえず面接前の朝、若気の至りの茶色いヘアを黒く染める。スプレータイプのヘアカラーを取りあえず全体的にプシューと吹き付けてみれば“一日だけ黒髪に”という謳い文句にも納得。その黒さの不自然さといったら日本人の美しい黒髪とはほど遠く、鉛筆で書くべきところを黒鉛筆書いたようなわざとらしい黒色で「これは一日だけで勘弁してもらいたいですね」と思ったもの。

大変に不自然ではあったが、茶髪と不自然な黒髪で比べれば無難なのはそれでも黒髪の方なので、ともかく今日だけはと決めそのまま出発。面接が行われたのは事務所の一角。面接室でもあるのかと思っていたが、通常業務の合間をぬって、という感じで周りで忙しなく人が動いている中ざっと行われた。

統括は、統括サンは、スーツにYシャツとネクタイ、そこにさらに割烹着みたいな白衣を着るという、デパ地下特有の変な格好で現れる。ゲゲッ、俺もこの変なの着るのかよなんて思いながら昨晩寝ながら書いた渾身の履歴書を提出。早速だが「志望動機」の欄に書かれた「生活を楽にしたい」というところを「そういうことを書くところじゃない」とのおしかり。その他にも色々とありがたい御指摘を受け、ちぐはぐだったボクの履歴書もすっかり統括されてしまいました(ぺろり)

質問はその後履歴書の記載項目から離れ、フリー・クエスチョンタイムへ。

「君はサッカーかなんかスポーツやってるの?」
「サーフィンやってるの?」
「登山やってるの?」
「結構活発に外にでるの?」

やれやれである。

九州男児と聞いてステレオタイプ的にワイルドな、活発的な男だと思っちゃったのか、野外アクティビティにまつわる質問が連続で飛んでくる。お言葉ですが統括サンねぇ、ガチの九州男児は19世紀に水質汚染と乱獲が原因で絶滅したんですよ。

とはいってもこちらは面接素人であるから、とりあえず質問に対しては「はい」が多いほうがいいと思い、スポーツ、登山にもサーフィンにも「はい、やってます」と答え、チョコレート売りにこれらが一体何の関係があるのかと思ったが、「ハッ!もしや統括様はイエスマンを欲していらっしゃるのでは...」と途中で悟ると、それ以降も続けて「はい」を連発。相手のニーズを心得た、会心の面接だった。

初めてのアルバイト面接を終えると逃げるように家路を急ぐ。せっかく出て来た渋谷の街にも目もくれず、井の頭線を目指して早歩き。家に帰ってさあPaltyを、よそ行きmyselfを洗い流すぞと、鏡の前に立ち、自分の顔を見たところでビックリ仰天。そこに居たのは松崎しげる。恐らく面接への行き帰りでかいたのだろう汗でPaltyヘアカラーが落ち、自分の顔の鼻から上半分が炭坑夫のような黒さ。さながらドリフの爆発コントであった。

ここで面接の内容を思い出す。

《スポーツは...サーフィンは...登山は...松崎は...》

「なるほどこの顔のことだったのか」と、ようやく統括の質問の意味を知る事になる。統括は驚いたことだろう。面接に現れた男が塗ったように黒い顔。何の意味か目的か、コイツを一体どう判断してよいのか分からぬ気持ちを抱え、統括は色んな質問で解明しようとしたのだ。

未知のものになんとかして自分なりの説明をつけて納得しようとする、分かる、分かるぞ統括できない統括の苦しみ... それでも所詮は出来レース。俺の顔が黒かろうと志望動機が意味不明だろうと予定通り面接は合格。翌週の土日からシフトに組み込まれることとなった。

《俺を採用したこと、後悔させてやらァ...!》

しかしその後、採用されて後悔したのは俺のほうであったがそれはまた別の話。