高円寺の居酒屋「山おやじ」

今はもう無くなってしまったのだが、学生のころ住んでいた高円寺に「山おやじ」という居酒屋があった。

最初に入ったきっかけや通うようになった経緯など全く記憶にないのだが、気づいたら月に1回は何となく一人でフラっと入るような店になっていた。

山おやじは安価であった。会計が2,000円を超えたことがなかった。安く、長く居るにはもってこいのお店で、結果としてそこはビンボー学生やバンドマンの巣窟となり、客単価が安い割に回転率の悪いという儲からない居酒屋の典型であった。

貧乏学生やバンドマンに愛されたのは店主のキャラクターでもあったように思う。夜も11時ぐらいになると実質一人できりもりしているヒゲ面の店主も飲み始め、2時を過ぎたころに泥酔しているのを度々見た。そんなときは会計が妙に安いときがあり、多分途中から伝票に飲み代がちゃんとチェックされていないのだろうということを悟ると、俺は「夜中に来よう」と、そう固く誓ったのであった。

あるとき、深夜のコンビニで無くなった酒の補給にきたと思しき店主と遭遇したことがあった。普段はさほど口数の多くない店主だが、そこそこアルコールが入っているらしく、その日はいつもより饒舌に絡んでくる。

「今から店に飲みに来いよ」

そういうわけで誘われるがまま山おやじに行くといつもいる名前は知らない常連と盛り上がっており、その数時間後には限界を超えた店主から「今日はもう帰って」と残っていた俺を含む泥酔状態の数人は追われるように店を出された。会計はゼロ。おやおやいいのかとオドオドしつつも、心の中では「夜中に来よう」と改めて固く決心。

手持ちがあまり無いが酒が飲みたくてどうしようもないとき、夜中の2時ごろまで家でぼんやり過ごしたのち、「そろそろ店主の酔いも回っただろうか」と立ち上がり、トボトボ歩いて山おやじに向かった。クズの所業であるが、この手を使い、俺は2回か3回か、飲んだ量の半分以下の会計で酒を嗜んだ。

完全に所持金がゼロのときはさすがにそれで店に行くのははばかられ、二匹目のドジョウを狙って以前遭遇したのと同じコンビニに同じ時間に向かい、酔って上機嫌になった店主の登場を1時間ほど待ち伏せしたこともあった。店主は現れず「じゃあいいわ」と道にツバを吐いて帰ったが、あの時は泣きたくなるほど金が無かったのである。

貧乏がピークに達していたある日の夜中、ダメ人間の街・高円寺には、それを体現すべくついに所持金ゼロで一か八か、酔った店主に期待して山おやじに突撃せんとする無一文の俺の姿があった。

「いざ。」

結論から言うとその日一銭も払うことなく無傷で無事自宅へ生還したわけだが、考えれば考えるほど、こういう輩のせいで山おやじというお店は潰れてしまったのではないかと思い、心がいたんでならない。俺は本当に反省している。

山おやじの店主は元気だろうか。俺は本当にお礼がいいたいんだよ。