「しかし××くん、都内はアレだねぇ↑」
あれは20代半ば、前職でのことである。午前中の、まださほど忙しくない時間に、今日も上ずった声の支店長が部下とのコミュニケーションのつもりかフラリと話し掛けてきた。
とはいえこの支店長、人と話をするのが苦手なのか、話そうとする直前必ず軽く「スー」っと深呼吸をし、そして声は上ずり、雑談の中身は大抵意味不明である。
丁度俺はExcelで「23区の地図」を作っていたところ。いまさら23区の地図等作る必要など無く、勿論これは仕事に見せかけた暇つぶしだ。
「はあ、なんでしょう...?」
さも「やってました」というような顔をした俺は、その声で一旦手を休めるとクルリと上司の方へ体を向ける。
「スー」っと深呼吸をする支店の長。俺は冷たい目でそれを見る。
「ええと、都内はさぁ↑」
支店長が続きを言おうとしたとき、彼の胸に潜んでいた携帯電話が「ピリリリ」と鳴る。
「××くん、ちょっと、ごめんね...↓」
「ええ」
それから10数時間。その日は群馬まで車で行き、帰りは初めて首都高に乗り、会社のあった港区の湾岸沿いまで帰ってきた。小雨の降る夜の首都高。ちょっと緊張した。
助手席の先輩を眠らせないよう、色んな話をしてひたすら笑わせていた。「××くんは面白いねぇ」と何度も言われたが、結局力及ばずその先輩は埼玉の南のほうで寝た。
だがそんなことはどうでもいい。
自宅に帰り、黙って机の前に座ってその日あったことを思い出していた。PCのデスクトップで開いたヤフーの芸能ニュースを眺めながら考えていたのは今日の午前中のこと。
「しかし××くん、都内はアレだねぇ↑」
都内は一体何だったのだろうか。