アンキモ、大量生産

あの日、夫婦で吉祥寺の中華料理屋にいたときのことである。隣の席には若いカップル。既に食べ終わっている様子だが、右手にタバコ、ケータイを触りながらの雑談が続いている。

ケータイをいじりながら、隣の女がポツリと言った。

「アンキモを大量生産する方法編み出したんだけど」

目を合わせずそれに男が応じる。

「へえ、やるねえ」

唐突に興味を引くタイトルが投げかけられ、淡白な返事で返す。ありがちな若者の会話である。

「嘘じゃないよ」と付け加える女には、男が信じていないように見えたのだろうが、それに対して男、「アンキモってさ、材料何なの」とその水準にも満たない質問を投げかける。ばかやろう、お前が探しているメガネは貴様のおでこにあるだろう。

女答えていわく、

「アンキモだからみんなはアンコウの内臓的なものを使うんだけどこれはオリジナル」

そういうと「これ見て」とケータイに保存された画像を男に見せ始める。

「うわ、すげえ量ジャン...!」

淡白な返しから一転、にわかに驚きはじめる男。椅子から浮かした腰により「ジャラリ」とウォレットチェーンのバカそうな音がする。

「オリジナル製法」らしいそのアンキモ、詳しいことはよく分からなかったが、どうやら俺が知ってるアンキモとは違ってアンコウのキモを使うわけではなさそうだ。

「アンキモだ」「スゲエ量ある」と驚く男のその驚きようは尋常じゃなく、また、それをみた女は自信に満ちた表情で無限に作れると言い放つ。

 

隣でその一連のやり取りをジッと黙って聞いていたのが我々夫婦である。

アンキモが謎の製法で大量生産化と聞き、今まで二人で争うように食べていた一皿のチャーハンの味が妙にさびしい。チャーハンを食べ終わり、俺も妻に思わず尋ねてしまった。

「アンキモってさ、材料何なの」

俺の腰からも「ジャラリ」とウォレットチェーンの音がした。