アメリカ人がクビになる瞬間を見てしまった

人が会社をクビになる瞬間を見たことがあるだろうか。俺は先日見てしまった。

出社した朝にいきなりクビを言い渡され午後にはいなくなるのはアメリカではよくあることと聞いてはいたが渡米3年目でついにそれを見てしまった。

最近アメリカも景気がよく俺の業界ではむしろ人手不足が叫ばれていた、そんな中クビになってしまったのは最近採用された事務員のメロディさんである。

残念ながらメロディさんは仕事が全く出来なかった。物覚えが悪く、メモもとらなかったばかりか面接でハッタリをカマしており、出来ると思われていたスキル、過去の経歴はほぼパチモンであるように思われた。しかしこの辺は出来ないことも出来ると大げさに自己アピールしたもん勝ちとされる、ある意味アメリカあるあるでもあり今更驚くべきことではない。

問題だったのは自分の健康状態に関する重要な情報を隠していたことであった。ある週、メロディさんは分かっているだけで仕事中に4回も意識を失うという離れ業をやってのけ、その週ときたら俺たちはメロディさんが気絶してないか仕事中に時々確認するという謎のルーチンが加わってしまった。

そんなわけでメロディさんのことは人事部マネージャーに伝わり、あっけなくクビが決まってしまったというわけである。

通常、アメリカでも日本と同じくエージェントを介して人を採用することが多く、数ヶ月間は試用期間的な意味合いであるため、解雇はエージェントを介して「あなたはうちに合いませんでした」的に割りと活発に自由に行われるわけだが、最初に書いたとおり我が業界は深刻な人材不足、エージェントに依頼するだけでは人が集まらず、結果メロディさんは通常とは異なりエージェントを介さない直接応募の枠で採られた初めての例だったのである。

クビは早々に決まったが問題はエージェントを介していないこと、あとは隠していたとはいえ健康状態を理由に人を解雇するのはマズいということであった。裁判を起こされてはと解雇は慎重に行われた。「何時までに○○のスキルを改善しないと解雇されます」という類の中間警告を2回、しかしメロディさんはハッタリで入ってきているので改善するもなにも「それはなんスか」状態でその期限になっても当然まじりっけなしの、昔のメロディさんのままである。

そして先日のクビ通知である。アメリカのオフィスは日本と違って個々人のデスクには簡易的な間仕切りがあり一応独立した空間になっているとはいえ、メロディさんは会議室に呼ばれることもなくデスクに座った状態で解雇通知をされた。

解雇された人を初めて見たが、まるでそれまで入っていた「会社員」というソフトがアンインストールされたかのような無の顔になり、今の今までやっていた作業もそのままにすっくと立ち上がり、無駄のない、最短距離の早足で会社の出口を目指し、そして無のまま出て行ってしまった。あんなに俊敏で無駄のない動きをするメロディさんを俺たちは初めて見た。

ファミスタじゃん...」

その帰っていく速さ、無駄のなさ、それは一塁でアウトになったファミスタのランナーとほとんど同じであった。「ファミスタ」と呼ばれる初代ファミコンの野球ゲームソフト、知らない人のほうが多いかもしれない。一塁に向かってとろとろ走るランナーが一塁でアウトになった瞬間、自軍のベンチに向かって無駄のない最短距離での高速移動でビューーンと帰っていくゲームである。

調査N数はまだ1ながら、突然解雇されたアメリカ人のムーブはアウトになった初代ファミスタのランナーと同じであるという説を今後唱えていきたいと思う。