福岡の乾電池

俺の故郷は佐賀県唐津市。中学、高校生の頃、本気で買い物するとしたら隣県福岡の天神に行くしかなかった。幸い唐津は福岡・天神からは比較的近い場所にあり、ちょっと頑張れば行ける九州最大の大都会でもあった。

今でこそ便利な高速道路ができ、高速バスで50分、お値段1,000円以下で行ける身近な場所となっているが、あの頃は電車で1時間半、片道1,110円という距離・金額を掛けての一大イベントであった。中にはそんな電車代を浮かすために片道4時間ぐらいかけてチャリで行く猛者も居たほど。まるで巡礼、佐賀県民憧れの町福岡、天神。

中学のときは小遣いゼロであった。高校二年で小遣い1,000円、高校三年で3,000円貰ったときは「俺の家は大丈夫か」と不安になったほど。そんな俺がお年玉や日々の弁当代を節約しお釣りを溜め込んで得た1万数千円を握り締めて向かうのが福岡、天神。

だから往復2,220円の交通費は高いハードルに思え、そんな高い交通費を払ってまで来たのだからというプレッシャーで天神ではロクな買い物ができたためしがない。

中学時代、初めて行った天神で俺が買ったのは乾電池だった。友達と色々と回ったものの、都会に来た緊張感で天性の消極性が本領を発揮し、行く先々でほとんど何もせず、黙って友達の買い物を眺めるのみ。

帰る直前のこと、岩田屋というデパートで「乾電池はあっても邪魔にならない」と閃き、俺は汎用性の高い単3の乾電池をおもむろに12個も買った。別に地元でも買えるシナモノだが、せっかくフクオカに来たのだからという気持ちが最後ギリギリで俺に乾電池を買わせたのであろう。往復2,220円払って福岡で乾電池を買う中学生は、帰りの電車、袋から乾電池を取り出し「フクオカのカンデンチ...」とブツを眺める。

親に「何を買ったの?」と聞かれて「乾電池」とぶっきらぼうに答えて、それ以上の質問はNoとばかりに俺は部屋へ消えていった。フクオカのカンデンチはさすがの高性能。佐賀県の乾電池より確か30%ほど長持ちしたはずである。