俺は床屋というヤツがとても苦手である

転勤してから1年半以上経つが生活に関する色んなものが落ち着いていく中で唯一髪を切るところだけは一向に定まらず、ずっと「とりあえず」という形で半ば妥協しながら1,000円カット界隈を放浪している。

一度きちんと探せば良いのだろうが、子供の頃から床屋というか床屋のあの雰囲気が苦手であった為、新規開拓というものも全くもって進まないのが現状で仕方なくファーストフード感覚で入れる1,000円カットになってしまうわけである。

 

そんな俺の床屋嫌いを思い出すと小学生の頃にまで遡る。

小学生のときであるが、その年齢にしては結構背が高く、そしてなかなか老けていたものだから、近所の床屋に行くと毎回金を払うときに「キミィ、ほんとは中学生だよね?」と半年近く圧力をかけられ続けていた。今思うとひどい話だが、そんな床屋に通い続けた俺も俺なのであり、半年後に親にこの件について告白すると「そんなところ行くな!」というので別の床屋に行ったらものすごく下手くそで即日レスラーの天山広吉みたいな髪型にされてしまい地獄を見たのが、これがそれから長く続く床屋漂流期の始まりである。

店長が一人でやっているとある小さな床屋へ行ったとき「前髪はどうしたらいいかな」と尋ねられたことがあったのだが、その問いかけは「どういうアレンジにしましょうか」というこちらのリクエストを聞くようなものとは雰囲気が違ったもの。

それは明らかに完全に行き詰まり「前髪とは一体どういう風に切るものなのかな」という完全にテクニック面でのアドバイスを求めているものだった。俺には分からなかった。わかるわけないじゃん。

「・・・。」

無言の俺を見た店主はクシと手で俺の前髪をコネコネといじりながら、まるで俺の反応を見るかのように色んな前髪を次々提案してきた。まっすぐ横に揃えてみたり、互い違いに長い短いが続くワケの分からないチャレンジングな揃え方をしてみたり、とにかく不幸にもいわゆる良く見る普通の前髪は一つも提案されなかった。

次々と目の当たりにさせられるシュールな前髪、その刺激の強すぎるびっくり前髪を自在に操る現代アートの巨匠<The店主>とは鏡越しに絶対目を合わせないようにしていたのだが、そんな俺のどの反応を見て「オッ、これがいいか!」と思ったのかわからないのだが、突然ハサミを取り「切るよ。」と言うとなぜか俺の前髪は真ん中に向かって段々長くなってゆくというまさかの『V字前髪』になってしまった。

「鷹のくちばしジャン・・・。」

そう、俺の前髪はまさに鷹のくちばしのようであった。それはまるでめちゃくちゃ弱かった頃のダイエーホークスの打者用ヘルメットのようであった!

というか、一番納得できなかったのはこのV字前髪がさきほど店主によって散々提案された「いろんな前髪集」には一切出てこなかった即興前髪だったということなのですが、これはもうW字でなかっただけ幸運といった訳であろうか。うるせえ馬鹿やろう!

 

床屋へ行くと切り終わったあとに髪型をセットされる。スタイリングと言うのだろうか。アレの意味がいまだによく分からない。

「スタイリングはどうしますか」

床屋で最後に聞かれたこの文言。子供の頃この髪のセットというかスタイリングいうものが何故あるのか全く理解出来ず、無言でいると促されるように「自然でいいかな?」と自然にされたのだが、この自然というものもファジーなヤツで、ある床屋では毎度強引に前髪をドライヤーで立てにかかってきて毛根が痛くて自然の驚異を知った。

今でもそうだが、ましてや子供なんて髪を切りに行くのは学校が終わったあとか休みの日。別に格好を気にする必要はないのだし、なんせ近くの店にチャリでサッと行くやつがほとんどなのである。

髪を切ったあとにバッチリ髪型を決められたってどうせそのまま家に帰るわけで、夕食を囲む家族の中で唯一人だけバッチリ決まっていたってどうしようもないわけである。とっても馬鹿みたいなのである。

というか、そもそも田舎の床屋のおやじのファッションのセンスなどと言うとそれはもうひどいものでして、よく分からないサイズ感の変な色したチンピラシャツなどを好んで装着している人物が大半なのであるから、その彼らの提案するヘアスタイルの選択肢と言ったら「前髪立てる」か「中で分ける」の善悪二元論しかないゾロアスター教なのである。短ければ「立てる」、長ければ「分ける」。このどちらならまだ分かり易いがたまに短髪なのに「無理やり分ける」急進的な輩も居て大層困ったものであった。東の村にはボウズにしたのに無理やり分けられてたやつなんかもいて、「いたいいたい」と泣いていてとてもひどい話だと聞いた。すいませんがこれは嘘です。

もっともこのスタイリング、「立てる」か「分ける」かしかないという問題以前に、そのセンスの古さも指摘したい。かつて俺が髪を短くした際、その後のスタイリングにより俺の髪型がまさかの寿司のシャリみたいになったことがある。いつもはすこぶる従順な俺もここでは思わず「と、床屋さんッ、こッ、これはなんですか!?」と尋ねると、なんと店主は「シャリだよ」と答えた。すいませんこれもうそです。

とにかく俺が言いたいのは!田舎の床屋のおやじというのは、相手が子供だからといって結構こっちの話を聞かなかったり、多少実験的なことに使ったりとやりたい放題やる面があるということ。

「モミアゲはどうする?自然に流しとく?」と聞かれて「あ、じゃあ『自然』で」といったのにお鍋から出てきたのはアツアツのアイビーであったこともある。自然の驚異再びである。

ある男は「スポーツ刈で」とオーダーしたのにいきなり前髪からバリカンが入り、みるみる内にボウズとなってしまった。そして鏡に映る自分の姿を見て愕然としていると、鏡越しに目を合わせて曰く「ごめんね」。

「ごめんね」は無いだろう。

またある人は幼い息子を自分の行きつけの床屋へつれて行き「今日はうちのボウズをよろしゅう」と言って一旦家に帰ったところ、迎えに行ってみるとボウズになっていたという。サービス業たるもの、話は最後まで聞いてもらいたいものである。

 

このように床屋には色んな思い出や色んな逸話がある。世代をまたいだ緊張感の中で生まれる珍妙なドラマがあるのだ。男たるもの、床屋にまつわる色んな話の一つや二つは必ず持っていると思う。ファッションに興味の無いような子供が唯一自分のルックスを自分で選択するのが床屋だ。一人でよく知らないオッサンと長時間話したりするなんてことがあるのは当時は床屋ぐらいだったのだから。

俺は未だに髪を切りに行くと寡黙になる。本当の俺はお喋りだ。過去に経験した床屋での様々な思い出は今も強烈に俺を苦しめているのである。

今週土曜日も結局1,000円カットで寡黙に「極力切らないで」とめちゃくちゃなオーダーをしているはずである。