日本人は略語、略称が大好き 例えばサトエリとか

日本人は略語が大好きである。

人名、外来語、長く難しい単語、団体名などは略語、略称のターゲットになりやすいが、中でもタレントの名前は略されて初めてそれ自体が市民権を得ると言って過言ではない状況であり、それを逆手にとってまったく定着していない略称をさも流行っているかのようにごり押ししてくる例がサトエリ以降数多く見られてきた様に感じられる。

多くの場合、略語や略称が一度広まり定着するとそれが何かに変わることは少ないのではなかろうか。例えば「コンビニ」と呼ばれて久しいコンビニエンスストアがその黎明期においては一部で「コンビ」と略されていたのを、泉麻人いとうせいこうのコラム『コンビニエンスストア物語』の中ではっきりと確認できるが、これも結局は「コンビニ」がメジャー化した際に淘汰され、二度とその呼び名が復古することは無かった。

タレントの「ゆうゆ」がある日突然「岩井由紀子」と名乗りだしたのは今思うと我が国の略語史における大事件だったように思えてならないが、このようなケースは稀であり、案の定自然の摂理に抗おうとした岩井サンには「ゆうゆ」の亡霊が付きまとい、結局「ゆうゆこと岩井なんとか」と言う残酷な形で消えていく事になった事実を見る限り、やはり一度定着した呼び名はそう簡単には覆らないものではないだろうか。

 

そんなわけで、あまり深く考えずに始まった略語、略称の中にはみんながおかしいと思いながらも今更それに抗うことも出来ずそのまま惰性で使い続けられているものが数多くある。

例えば「スーパー」であるが、大事なのは「マーケット」の方なのにいまだに「スーパー」と呼ばれるのを聞くたびに、時々俺の中の中学二年生的な部分が得意げに揚げ足を取ろうとすることがある。

しかしスーパーはまだ良い方である。この世には略したが為に本来の意味と全く反対の意味になってしまう言葉があるわけで、こういう言葉に関しては一度見直しをしないとヤバいのではないかと、俺の高校二年生的な部分がこのような問題に対し公の場で真剣に危惧をするわけである。

例えばステンレスを「ステン」と略するのが割と一般的になっている嫌いがあるが、本来は「ステン(さび)レス(ません!)」なのであってそれを「ステン(さびる!)」と呼ぶのは、これは如何なものかと、俺の中の暇をもてあました大学二年生的な部分がちょっと社会に対して一言言っちゃいたくなるわけである。

話が鋼材だから、ステンレスだからいまいちピンと来ないのかもしれないが、身近なものに置き換えて考えて頂きたいのだが、これが「セックスレス」だったらどうかである。「セックス(セックス)レス(してません!)」それすらもあなたは「セックス(セックス)」と呼ぶのかと、もう一度真剣に考えて欲しいものである。

ステンレス問題と同じような例がもうひとつある。「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」である。これを「ガキの使い」などと略するのはどうだろうか。「ガキの使いではありませんよ」と言っているものを「いいや、ガキの使いだ」と真っ向から否定するなんてケンカを売っているとしか思えませんね。「脅しじゃねえぞ」って言われて「脅しすよね 笑」と言ったらその先にあまり良い展開が待っているとは到底思えないのである。相手はダウンタウンなのだから、そういう話である。

 

まあまあ、正月ですし?この辺でこの話もやめておくが、とりあえず今回一番言いたかったのはサトエリの件です。よろしくお願いいたします。