3日間寝てない人たちと会った時のこと

前職での話である。
昼の1時にフラリと立ち寄ったのはとある町工場。社員数は50人に満たない、中小のオーナー会社だ。この日は事前に約束などしておらず、ちょっと近くに来ていたので顔みせという感じ。

こんにちは、と事務所に入ると事務の女性が1人居るだけで社長とその息子である専務、及びいつもなら誰かしら居るはずの技術スタッフが1人も居ない。
女性に聞くと「納期ギリギリの仕事の対応で現場に総出」らしい。タイミングの悪いときに来てしまった。

残念、「またきます」と事務所を出て駐車場に停めた営業車に戻ったとき、後方からヒステリックな叫び声が聞こえてきて振り返る。

「ごーーい、ごごごーい!」

声の主は会えないかと思ってい専務であった。彼は30代前半ながらなかなかのしっかり者。この会社の跡取りである。彼が次に控えているならこの会社は安泰!よし帰ろう!と、する俺を遠くから専務はおいでおいでと手招きする。なんだなんだ。

なにかタンの詰まったようなガラガラ声で「ごいごい」怒鳴っているが、どうやら俺を呼んでいるようだ。
いつも穏やかな専務がいつもと違う声で「なあんだ、ぎでだの!!」と怒鳴るように言うものだから何か異様なものを感じた俺は「すいません、お忙しそうだったもので今日は帰ろうかと・・・」と脱出を選択。
しかしそんな俺の言葉にかぶせるようなタイミングで、さらに専務が上ずった声で「いやさ!3日寝でないんですよお!」と目を血走らせて言った。

専務によるシャウトの連続に驚く間もなく、奥から彼の父親である社長がスッと現れ「3日寝てないんだよ、俺たち」と妙な笑顔でそう語りかけて来きたかと思うと、別の方向から「そうです、3日間…」ともう1人。なんだなんだこのミュージカル仕立ての寝てない自慢は…!

気づくと俺は3日寝てないゾンビに囲まれていた。軽く引きつる俺に対し、ニヤニヤとした3人に。妙にピースフルなこのムードはもしやトルエンなどをやってしまっているのだろうか。
「なに~かえんのぉ?せっがぐだから寄っていげばいいじゃないでずがあ!」と相変わらずの上ずった調子で専務に肩を叩かれ、社員休憩所の一角で3日寝てない人達と話すことになった。

「ミカンしか食(ぐ)ってないんですよ・・・」

席に着くなり第一声は一転、元気の無い一言。事情を聞くと先ほどの女性が言うように、納期が厳しい仕事に苦しみ特にこの3日間は工場に缶詰。壮絶な日々だったようだ。だがそれも午前中にヤマを越えたらしく、安堵の言葉が各人から出てくる。

ただし、油断すると「いやー!マジでまいっダまいっダ!」と突然ネジがぶっ壊れたように叫び出す専務他、専務が何か言うたびに「ニコ~」とする社長、何も言ってないのに度々「ん?」と俺に聞き返してくるコノミさんという外注の業者さん。彼らの状態を見る限り激務の爪あとは生々しい。
初対面のコノミさんはともかく、社長と専務はやはり3日間寝てないせいかその異様さが際立っている。普段と全く違う。普段はもっと落ち着いた人だ。

専務は30代前半、社長はおそらく50代後半ぐらいだろう。年齢に関係なく3日眠らないなんてことが本当に可能なのかと全く信じられず色々聞いてみた。

「それが、全然、辛ぐながっタんですよ」

これが日本のモノづくりの凄さなのだろうか、この3日間ただひたすらお客のことを、納期のことだけを考えていたので全く辛くなかったのだという。すごい。

あーでもないこーでもないとやっていたら朝が来て、気づいたらまた夜が来ていた。そんな3日間だったのだそうだ。
飯を食ったら眠くなるということで食べ物はひたすらミカン。気づいたら立ったまま一瞬だけ寝ていることもあったが基本的に3人にともまともに寝ていないというからすさまじい。

ただそんな3日間で最初に外注のコノミさんに異変が起きたという。2日目の昼ごろから段々会話が成り立たなくなると質問に質問で返すようになったり、コチラが喋りだすと同時に喋り出したりして終いには社長と専務は「彼を諦めた」そうだ。お前らは簡単に人を諦めるなよ。
そして諦めた3日目の朝、とうとうコノミさんは何か音がすると「ん?」と聞き返す仕様になりそこに立っていたという。コノミさん、早く病院へ行って欲しい。

 

3日間寝てない人達との会話は異様なもので、俺が話している間ずっと俺の目を凝視。しかも常になぜか半笑い。目が楽しそうに泳いおり、平たく言うとラリってる。
俺の話を聞いてるのか聞いてないのか分からないラリった目でもって、俺の話の割とどうでもいい部分にいちいち「ほうほう!おんおん!それでそれで?!」と続きを急かしたかと思うと突然「へえーーーー!!!」って、オーバーアクションしたり、3人同時に喋り出そうとして「あ、ゴメン、先いいよ」「いや、先言っていいよ」「いや、社長先どうぞ」みたいな譲り合いを始めたり・・・・それをもう、「キャッキャ」みたいにものっすごく無邪気に楽しそうな感じでやりやがるワケ。

《イチャつくんじゃえぞお前ら・・・・・!》

最後はコノミさんがだーれも何も言ってないのに「ん?」って言い出す霊感モードに突入して本当に恐ろしかったし、俺も色々諦めた。


そんな具合で30分ほど話した後、社長が「作ったやつ、未完成だけど外側だけ見てく?」とこの3日間の不眠の原因となったご自慢の設備を見せてくれることになった。
曰く「製作期間2ヶ月」、この会社の幹部に3日間の不眠を強いた(特に外注のコノミさんを廃人にした)という曰くつきのとんでもない設備が、そんな設備がだよ・・・・・「あれだよ」と見せてもらったら、ものすっっっごく、小さい「小箱」で噴き出しそうになった。