「お前太ったな~」
その日の晩、日本食レストランで日本からの出張者が俺の体を見てそう言った。彼は日本から来た弊社役員、最後に会ったのは1年と2ヶ月前に本社で出国前に軽く面談をした程度の薄い間柄である。
本人に向かって気軽に失礼な事を言うことで親密さをアピールし、互いの距離を縮められると信じているジジイは多く、通常なら気にしない類のものであるが、その時は心中穏やかではなかった。
「ジムで筋トレしたので体が大きくなったんです」
ややムキになって反論してしまったがジジイは冗談だと思いハハハと笑うとこの話題はすぐに消えた。
やはり心中穏やかでなかった。
この半年鍛えた上半身を、Yシャツの上からちょっと見ただけで太ったと断じられたその日の晩、こどもちゃれんじに興じる息子に近づき腕の筋肉を触らせ、ひとしきり「硬いか!」と聞き、硬いと言わせてその日は眠りについた。
ミシガン州デトロイトの10月末は冬直前といった肌寒い気温。この日も昨日同様に、くだんの役員を連れて各地を廻るスケジュールである。
クローゼットの前に立ち、昨日の夜の事を思い出していた。このままアメリカの食い物を食いすぎたデブだと思われたまま帰国されるのはシャクである。「アイツはめちゃくちゃ太っていた」その様な情報を勝手に流されるのはゴメンなのである。
その日はかなり寒かったが俺はポロシャツを着て出社した。ボディがどのようになっているか、これが贅肉か筋肉か、その構造を、真実を分からせるためである。
「お前寒くないのか」
当たり前であるが言われたのはそれだけである。「いえ?」と答えた為、ただ「ああ、デブなので寒くないんだな」と思われた、それだけである。
俺は何をしているんだ。ジジイにデブだと思われたくないがために、自分の体を見せるためにこんな寒い日にポロシャツなんか着て。寒い、めちゃくちゃ寒い、長い袖がほしいナリよ~、と俺の中にいるコロ助の部分がそう叫んでいた。
家に帰り、いつものように腹はめちゃくちゃ出ていたが腕だけはやはり鍛えられているのを確認しその日は眠りについた。