盲腸になるのがとにかく怖かった

中学時代がピークだったと思うが、虫垂炎、いわゆる「盲腸」になることを異様に恐れていた時期があった。

いつ痛くなるか分からない不安、そして痛くなるや即手術という恐怖もその理由ではあったが、最大の理由は女性看護師に、大人の女性に自分のチンコを見られる、コレに尽きる。

子供のころは頼まれもしないのにジャンジャン人前で出していたチンコであるが小学6年~中学2年、第二次性徴期も黄金時代へ突入となるとそれまでのきらびやかな陰部の露出ショーも成りを潜め、陰毛、いわゆるチン毛がワサワサと繁茂してくればいよいよそれは何としても隠し通さねばならない秘所になっていくのであった。

中学1年、早々に生えそろった俺のチン毛を見て「こんなに生えているのは俺だけかもしれない」「俺は特別早いのかもしれない」「チン毛が直毛なのは何か天災の予兆かもしれない」というピュアなカラダの悩みは徐々に増幅し、終いには「俺の二次性徴、九州でも上位100人に入ってるかもしんない」という割とリアルなランキングで自らを計る始末である。

話を盲腸に戻せば、繊細にして粗雑、思春期ならではのフクザツな悩みを抱えた男子にとってその象徴であるチンコの正体をよりによって酸いも甘いも、酒も男も白いコナも黒い武器も、何でも知り尽くしたやんごとない大人のオンナに見破られるというその恐怖がいかほどであったか。

見えざる敵に震えた少年たちの恐怖心を殊更に煽っていたものもあった。ファッション雑誌である。あの当時2歳年上の兄の影響で読み始めたファッション雑誌の白黒ページには、同年代のティーン読者から寄せられた「俺たちの青春エピソード」的なものが沢山掲載されていた。

忘れもしない「俺たちの病院エッチ体験」と銘打たれた、ほぼ「だったらいいのになぁ」で埋め尽くされた妄想ストーリー満載のコーナーにもやはり盲腸エピソードがあった。少年はそれに引き込まれ、そして盲腸の恐怖はそこで完全なものになったのである。

そこで見たストーリーは2つに大別され、一つ目がチンコを笑われる話、もう一つが不覚にも射精してしまう話である。色んな雑誌でも似たような話をみたが、ほとんどがこれに集約される。確か以下の感じだったように思う。

 

≪エピソード1≫

麻酔の効きが悪く、手術前に朦朧としながらもうっかり目を覚ましてしまったボク。
そこで聞いてしまったのは若い女性看護師さんたちの会話!

「あの子のチンチンみたぁ?」「みたみた!」「かわいいワネ、ウフ!」

2週間後、お年玉をはたいたボクは包茎手術の手術台にいた...!(チャンチャン)


≪エピソード2≫

おばちゃん看護師にチン毛を剃られることになってしまったボク。おばちゃんなら安心だと思ったけど、そのおばちゃん看護婦ときたらミョーにチンコの扱いがイヤらしい!
不覚にもボッキしてしまったグソクをなおも縦横無尽に動かしまわすおばちゃん看護婦!や、やめ...!(チャンチャン)

 

ディティールを突っ込めば色々とおかしな部分はあるが、あの当時これを見て真剣に悩んだのは間違いなく、そしてそんな少年をもてあそぶかのように「盲腸手術を我慢しすぎた結果、盲腸が破裂して死んだ少年」なんていう残酷なストーリーでもってアノ恐ろしい盲腸という名の戦場へ駆り立てるワケである。大人ってのはなんてヒドイのか。

「貝を食べると盲腸になりやすい」という情報を聞いては、食卓にでた貝の味噌汁を黙殺して親にキレられ、「疲れると盲腸になりやすい」と聞いた夜だけ「寝るわ。」と無理やり夜9時に寝た。極端である。

中学3年、同級生が盲腸で手術したと聞けば、戻ってきた彼にソッと寄り添い≪何もいわなくていいぜ...!≫と慰め、自分の父親がなんか知らんけど盲腸を我慢しすぎてよくわからないスゲーヤバい盲腸の上位互換のヤツになったときは「父上、我慢した気持ちはわかるでござる」と頷きながら、救急車を見送った。

転機は大学時代。盲腸になり帰ってきた同級生のもとへ「オ、オペは成功したんか!?」と駆け寄る俺に「今は薬で治る。」とドライに返され、≪へえ...!≫と妙に安心したのを思い出す。長い盲腸の恐怖はそのときようやく去っていったのである。

蛇足ではあるが、その事実を知るちょっと前に当時浦和レッズ小野伸二が盲腸になったというニュースを聞いて「あいつも苦労したな」など神妙な面持ちでねぎらいつつも、小野が経験したのはエピソード1なのか2なのかなど考えながら妙な親近感を勝手に抱いていた身としては、その後、さかのぼって調べたところでは、彼もどうやら薬で盲腸を治したことを知りいささかガッカリしたのを覚えている。

このように、長きにわたって盲腸に対してただならぬ恐怖心を抱いていた俺だが、待てど暮らせどいまだその訪れはなく、本日も盲腸は現役バリバリ、ゼッコーチョーにて、特に何の役にも立たずに今も俺の体内で切られるを待っている。