アメリカの田舎の方で車が道から落ちて助けてもらった

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アメリカの田舎のほうの高速道路は大体車線の両側は緩衝地帯というか、背の高い草の生い茂る溝のような一段下がったエリアが設けてあるのだが、冬場アメリカの寒い地域では高速道路を走っているとよく車がコースアウトし路肩のその先にある緩衝地帯に落ちているのをよく見る。発生する原因は大体が2つであろうことは予想がつき、路面凍結は言わずもがな、スピードの出しすぎと真冬でもほぼ全員がノーマルタイヤであることである。

特に後者である。アメリカではノーマルタイヤのことを「オールシーズンタイヤ!」などお得意のポジティブ表現で呼んでおり、ウィンタータイヤ、日本で言うスタッドレスタイヤを雪国であろうと着用する者は少ない。なぜなら俺たちには無敵のオールシーズンタイヤがあるからである。

アメリカではポジティブ表現が幅を利かせており、アメリカに来て以来何度か被害にあっている。約束の時間にサービスマンが1時間遅れるというネット工事業者から、30分後に「Good News!我々のサービスマンの遅れがなんと5分短くなりました!」と書かれており遅刻をポジティブ化してんじゃねえ!と思った次第、オールシーズンタイヤもきっとこの類なのであるがアメリカ人は今日もツルツルすべりながら「オールシーズン、フォーーー!」と大喜びなのかもしれない。

さて、そんなわけで俺もこのオールシーズンタイヤにより先日とうとうコースアウトの憂き目に遭ってしまった。心の中ではどこかでオールシーズンという魔法の言葉を信じていたが、路上で滑り、制御不能となった車とともにゆっくりと坂道を落下しながら「ノーマルタイヤやないかい」と俺の中のツッコミ担当が体を張ったボケをかます車にツッコミを入れる。俺はこうして無残に道路両側の草ふわふわ地帯に落ちてしまい出られなくなってしまった。人生初の落下事故、それはイリノイ州アイオワ州の州境のド田舎での出来事だった。

 

 

 

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出張で飛行機を乗り継ぎ丸一日かけてやってきた雪国の空港のレンタカー屋に夜10時着、受付の女性からは「今これしかない」と真っ赤なKIAの小型車があてがわれた。ウィンタータイヤかと聞いたら「ノー、BUT、オールシーズンタイヤ」と俺たちのオールシーズンタイヤ無敵の標準装備で大安心である。夜ともなると除雪車も少なくなり除雪も甘い、空港近くのホテルに移動するほんの15分程度の移動中にもツルツルすべりいやな予感で翌朝を迎える。

 

落下したのは翌朝のことである。仕事の約束がある場所までは車で1時間半、ド田舎なので交通量は少ないとはいえ雪の量から余裕を見て2時間半前に出発。速度もあまり出さずにいたはずだったが高速道路に入るランプの大きなカーブで後輪が横滑りしそのまま制御不能と相成った。

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実にゆっくりと、しかし何の抵抗もできない状態で俺はそのまま緩やかな坂を下っていくしかなかった。あ、そうだ、おいお前オールシーズンタイヤだろなんとかしろよ!と助けを求めるも助手席に乗っていたオールシーズンタイヤは無言でスマホを操作し黙っている。

「...。」

どうでもいいが日本には24の季節があるという。おまえさんたち、オールシーズンなんておこがましいとは思わんのかい。

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「どうやったらあんな落ち方するんだろう」

今まで高速を走りながら他人の落ちた車を眺めてそう思っていた。今俺は朝の通勤でこの道を通る地元の車たちにそう思われているのだろうか。辛い。ああ落ちとる落ちとると、俺を眺める視線がとても辛い。幸い車はゆっくりとただ坂を下ったような形となり俺も車もまったく問題なく、おまけに朝。助けが来ないということもない。時々山道で車が故障し、携帯電話の電池も切れそのまま凍死する人もいると聞く。視線が辛いなどというのは贅沢な悩みかもしれない。

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ランプの下はとりわけ谷が深かったがよく見ると割と広く、また坂もさほどきつくないことに気づく。自力で脱出できるかもしれない、よく見ると過去にこの谷に落ちた落下の先輩たちが自力で脱出した闘いの跡が残っている。一人だけめちゃくちゃ一気に、真っ直ぐ何の迷いもなく駆け上がっているパーフェクトな轍の先輩もいたりして勇気付けられる。

俺も先輩みたいにいけるかもしれないと思い、この真っ赤な小型車で必死にこの谷底でバックしたり加速したりと抗ってみたが、地面は雪もあり土がふかふかなこともありうまくは行かず。なんと言ってもこのイチゴみたいな車には馬力がなく、普通は車がいないところで暴れまわる一台の赤い小型車に対する好奇の目は俄然強まっただけであることからこれに耐え切れずやめることとした。

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AAA(トリプルエー)と呼ばれる日本でいうJAFのようなロードサービスに加入していたことを思い出した。しかもアプリで位置情報を伝えられるためこの絶対に英語で説明できない場所をすぐに伝えることもできる。早速アプリを起動しGPSから場所と内容を伝えるとすぐに近くのAAAと提携した地元の整備工場から40分後に行くとの表示。40分と聞いて少しガッカリしたがとりあえずは安心。あとは本日仕事で出向く予定であったところへ「車が道から落ちてしまい遅刻します。」と写真つきで送る、無敵の遅刻理由を送信すると「Oh...」と返事が来て後は40分をどう耐えしのぐかである。

約束の40分後に電話が掛かってきた。AAAの依頼で落下した俺を探しにきた地元の整備工場の男性だった。「お前が見当たらない」という。何回か通過したがアプリが示すところに何もないのだという。すべてアプリで簡潔すると思っていたが面倒なことにここから先はこの男性に電話で自分の場所を教えなければならない。

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「緑の建物が見える...」「大きなカーブ...」「北のほう...」

この場所を説明する語彙力がなく完全に捜査に協力する霊能力者のアドバイス状態である。

「赤きオーラのみなぎる場所...」

俺の語彙が霊能力者なせいで10分ぐらい電話でやり取りをしたが一向に伝わらない。またかけ直すと電話を切った先方の声のトーンに不安を感じAAAのアプリを見てみると「ご利用、ありがとうございました。」とクロージングになっていた。まってください、俺はまだ助かってないのに。

あの電話のオッサンが霊能力者の対応に面倒になってこの件を迷宮入り事件として終わらせようとしていないか不安になっていたときのこと。

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運よく警察が俺を発見し近づいてきた。

「ロードサービス呼んだ?」と話しかけてきたのは女性の保安官。AAAに連絡をしたが派遣された整備工場のオッサンが場所が分からずに困っていると説明、代わりにこの場所を説明してほしいとお願いすると早速電話をしてくれた。

何分ここにいるの、と聞かれかれこれ1時間半ぐらいと言うと「ひどいね」と同情され、ロードサービスが発見してくれるまでサイレンをつけてこの場所にいてくれるとのこと。今まで一人でここにいたのでとても心強い。しばらくするとまた電話、オッサンから保安官と話がしたいという。やはり場所が分からないのだそうだ。俺もポンコツだが彼もなかなかのものである。

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最初に落下してから2時間後。ついにレッカーが到着。

 

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このレッカーも落ちたらウケるよなと不謹慎なことを思いながら作業を眺める。


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無事引っ張りあげられている間保安官は通行止めにしてくれており、俺の救出劇で田舎町には小さな渋滞。すいませんすいませんと思いながら全員に見つめられながら2時間ぶりに無事路上に復帰。

たまたま行き先が同じだったのか、保安官は俺の後ろをその後5kmぐらいずっとついてきたのでご期待にこたえてまた落下しそうになったものだが、ともかく感謝。

こんなアクシデントがあったがはるばる丸一日、飛行機を乗り継ぎやってきた出張である。遅れはしたものの仕事には行かねばならない。本当は家に帰りたかったがまたツルツル滑るリスクを抱えながら田舎の雪道を、取引先の待つこの道を「Good News!俺の遅れがなんと30分短くなりました」と連絡し無敵のオールシーズンタイヤで急いだのであった。