だからホワイトデーにはオルゴールしかない

俺の地元では、俺の中学だけかもしれないが、ホワイトデーには基本的には「オルゴール」を贈るのが無難な選択肢だと言われていた。オルゴールはあって邪魔にならないし、いい音もするし、何ならオシャレである。第一、オルゴールが嫌いな女子なんてこの世に一人もいないじゃないか。ホワイトデーにオルゴールが贈られない理由を探すほうが難しかった。オルゴールだ、オルゴールなら安心だ。俺たちはそう信じて疑わなかった。

「渡したオルゴールの音を聞けばオンナはいつでも男を思い出す。」

ホワイトデーにオルゴールを贈ったというヤンキーの一人は俺にそう説明してくれた。それはものすごい説得力で俺はホワイトデーにはオルゴールしかない改めてそう確信した。

中学で彼女がいて本命のバレンタインデーチョコを貰うのは大抵一歩進んだ不純異性交遊をエンジョイしていたヤンキーの方々だった。彼らはヤンキーの彼女にチョコレートを貰い、そしてホワイトデーにはみんなこぞってオルゴールを贈っていた。

《渡したオルゴールの音を聞けばオンナはいつでも男を思い出す。》

あの当時新しくなった地元の駅の中にできた雑貨屋でオニハンの自転車で乗り付け、みんな緊張の面持ちでキラキラしたオルゴールを買っていた。中には過激なオルゴール信仰が行き過ぎて図画工作の時間に作った手製のオルゴールを渡した者もいたのだが、誰が俺たちを止められただろうか。

俺にも中学時代に彼女ができてバレンタインデーに手作りのチョコレートを貰った。親にバレるのが恥ずかしくて机の引き出しに入れてコソコソ食べていたものだが問題はホワイトデーである。セオリーどおりにいけば「オルゴール」である。だってオルゴールの音を聞けばオンナはいつでも男を思い出すから。

オルゴールを買いに行ったときのことは忘れられない。オルゴールを買うのは実際にはとても恥ずかしかった。いつもなら入らないちょっとオシャレな店、女の子が多くてドキドキした。お金もお年玉の残り。足りるだろうか。オルゴールは意外と高かったし、そもそも俺たちのオルゴール・アンセムとされた「オリビアを聴きながら」は正直知らない歌だし全くピンとこずで、俺は教えに背き、その店で教会などの天井に描かれがちな天使が遊んでいる宗教画があしらわれた謎の腕時計を買って彼女に渡した。その店から一秒も早く立ち去りたかったので値段だけを見てサッと買った謎の時計。色はなぜかアーミーグリーンだった。

やはりというか、ホワイトデーのお返しがオルゴールでなかったことが災いし、俺と彼女はその後程なくしてお別れした。

「ホワイトデーにはオルゴール。」

俺の中学では皆、そう決意を新たにしたに違いない。