小指の爪が届かない

この夏でアメリカに来て6年目に突入である。通常丸3年かせいぜい4年とされてきた我が社のアメリカ駐在員で過去2番目の長さになる。俺がアメリカに行っている間に所属している事業部が縮小し、その間に他事業部への配置転換、リストラも行われ、駐在を開始した時と今では会社を取り巻く環境が大きく変わってしまった。知っている人の多くがどこかへ行ってしまい、日本側はアメリカの事を気にする余裕もなくなり誰も連絡してこない孤独な駐在が2年ほど続いている。宇宙ステーションでももっと頻繁に連絡があろうものである。

今ほど小さくなる前からもともと比較的小さい事業部なのでアメリカに専門の拠点はなく、別事業部の中に間借りをする出向の形であったので俺はそこでよそ者として1人で働いているわけであるが最近ではその中でも最長老となり、「長いですね、いつまでいるんですか」というような質問を受けることが増えてきた。

分からないんですと答えるしか手立てがなく、ハハハと乾いた笑いがこだまするのみ。実際のところよくわからんけどビザであろうと8年以上米国で就労すると、年金の納付義務が始まるとかで一般的にはこの8年をビザで働かせる上限としている会社も多く、それ以上長引きそうな場合は「現地化」つまり駐在先の現地企業がグリーンカードを発行するサポートをしそこに転職をするという手続きが取られがちである。だから実際には俺の任期も8年までであろうという見立てはしており、それまでに日本で後任を見つけ、育て1年ほどの引継ぎをしてお役御免というのが現実路線かなと思っている。

人のやりくりが計画的に行える事業部ならば駐在任期はキッカリ3年、5年と最初から決まっている事が多いのだが、こちら小さい事業部だるが故に海外に行ける人員も多くなくなり、結果として「しばらく耐えて」と言われて以降何ら情報がないのである。

そもそも後任が来るかどうかも分からず、このまま現地駐在の歴史が俺で終了になるのではという懸念もあったのだが、会社としては後任は「探している」という言い方をするのであるから後任が来るようである。

探しているとはどういうことか、会社の中に候補がいるのか、どこの部署の誰なのか。人事の話に対しイチ平社員が首を突っ込むのもどうかと思ったがしびれを切らし今どういう状況なのかと聞いたらば日本側がいうには「インターネットで英語のできる人の募集始めました」という衝撃の内容であった。あまりに拍子抜けして頭の中では「えいご」とひらがなで表示されてしまった。完成までの道のり長きこと事、ディアゴスティーニのごとし。

「週刊『後任』、創刊号は小指の爪が送られてくる!」

探しているというから社内かと思ったがまだ入社もしてないまだ見ぬ皆様という大海原でしたか!とはいえゼロアクションよりはマシである。何かが動き出した、それだけで宇宙ステーションで助けを待つ俺には大きな一歩である。このやり取りをして以降、俺が後任の心配をしていることをようやく知った会社側も俺にコッソリ求人の進捗を教えてくれるようになった。

3人の応募がありうち1人が二次面接に進むのだとそうだと聞いてそうですか!と喜んだ翌週、早速「その人は二次面接には来ないそうだ」と追加情報が入ったストレスでわたしは小指の爪を噛みました。

宇宙の果てて気が狂いそうな俺だから、お宅から小指の爪がなかなか届かないとディアゴスティーニにクレームを言いたい。今仕事を探しているえいごが出来る皆さん、今検討中の求人、俺の後任かもしれませんよ。二次面接に進みましょう。