高円寺のカツアゲバー

東京に住んでいた10年近く前、あの当時時々一緒にお酒を飲ませてもらっていたDPZデイリーポータルZ)の石原たきびさんに「高円寺にぼったくりバーがあるから一緒に行こう」と誘われて向かったお店があった。

たきびさんと会うときは既にたきびさんが泥酔状態であることが多くあらかじめぼったくりバーであることが分かっているそのお店がどういうものかの説明は殆どなく「行ったら分かるよ」という言葉だけを頼りに不安のままについていった。

ぼったくりバーというのは一般には最初はその本性を見せないはずのものである。ぼったくりバーでなくとも、大抵の悪意はそうであるが最初は親しげに、こちらにとって良い事ばかりをチラつかせて接近し油断したところで後から法外なお値段を提示する。それが俺の知るぼったくりバーのイメージである。それが最初からぼったくりバーであることを分かった上で行くというのが理解できず、なじみのお店に対するちょっとした比喩とかユーモアの類ではないかと思うことにしてあの日その謎のお店に付いていく事にしたのである。

昔の事で場所をはっきりと覚えていないのだが恐らく高円寺駅北口方面、徒歩でも10分かからない商店街を少しだけ外れた路地にあったと思う。見た目は特徴もないその辺にありがちなスナックという感じ。外に看板が無かったような気がする。店内にはカウンターにテーブル席。入るとまず店員は全員中国人であった。喋り方もそうだったし、自らそう名乗ったので間違いなかろう。そしてぼったくりバーと聞いていたそのお店は確かに客からお金を奪おうという悪意に支配されていたのだが、その方法というのが大分想像と異なるものであった。

「オカネチョウダイ!」

入店してほどなく、テーブル席に案内されるとおもむろに隣にやってきた女性は驚いたことにご挨拶もそこそこに我々に対しお金をせびって来たのである。何かの料金とかそういう類ではなく完全な「お願い」であった。

「1000円チョウダイ!!」

常時かくのごとき次第でたきびさんと話している間もちょいちょいやってきてはどストレートにお金を貰おうとする。例えば何か強引にでもお金を取ろうとするサービスじみた事があるでもなく、ただ純粋に「金をくれ」とそういうのである。工夫も努力もあったものではない。

「オカネホシイ!!!」

たきびさんは「すごいでしょ」とまるで横並びでドクターフィッシュか何かを一緒に体験しているかのようなノリで喜んでいたが俺には全くそんな余裕がなかった。なぜなら彼女たちは段々と勝手に財布を触りだし、隙あらば金を奪おうとしていたからである。大胆かつ雑。工夫もないある種の強盗である。

「お金、あるじゃん。」

時々片言じゃなくなるときがあってそれが怖かったのだが酒をたらふく飲ませて酩酊させるでもなく真正面から「くれ」とぶつかってくるこのピュアネス。別名カツアゲである。オカネをあげないといけない理由を必死で探したが悲しいくらいに全くない。あるわけがない。

「オカネチョウダイ!」

俺を連れてきたたきびさんはかつては飲みすぎてベロベロになり自爆してきっと何度かお金をむしり取られているに違いない。テメエ分かってて何で俺を連れて来たんだ。お会計で高額な金額を提示されることも警戒してお酒は最小限にして早めに店を後にしたのだが支払った料金では一切ぼったくるでもなく拍子抜けするほどに極めて普通の計算であった。

俺の記憶が正しければこれが高円寺のカツアゲバーについて覚えている全て。もう今は絶対あそこに無いだろうがあれは一体何だったのだろう。