チン毛の逆襲

風呂に入るときには自分のだらしない体が嫌でも目に入るが、その日は注目するポイントが少し違った。

「陰毛がいささか長いな」

夏の雑草のようなうっそうと生い茂るチンの毛。生え放題というにふさわしい無秩序な有様。思い返すとチン毛が生えてウン十年、一度としてカットしたことがない。

正確に言うと生えたての中学1年の頃、「うわあああ」とパニックになって自分の名前がひらがなで書かれたオレンジの工作ばさみでチョキチョキとチンの毛を切ったことはある。工作ばさみとしても長年仕えた主(あるじ)の立派な姿にきっとうれし涙したことだろうがしかしそれはカット実績としてはノーカウントとして欲しく、というわけで実にチン毛を受け入れてからのその後十数年にわたって俺はチン毛を切ったり剃ったりしたことがないのである。

さて、このように先日気づいたこの長すぎる陰毛問題であるが、ビジネスマンなので結論から言うとザクザクと切りました。使ったのが眉毛カットをするハサミだったので頼みもしないのにかなり毛先は揃いましたが、ともかくすごくすっきりした。切ったことがない皆さんも切るといいと思う。

そもそも髪は伸びたら切るのになぜ陰毛は切らなかったのか。きっと「陰毛の成長には限度があるから」という信頼からだと思う。陰毛が伸びすぎて半ズボンの裾から出た人というのはおそらくいないが頭髪はそうはいかない。メンズだろうと切らなければどんどん伸び散らかし肩まで伸びる。その点、陰毛というは大人の毛であり、大人というのはしっかりと節度を守るもの。森と里のように、我々はそのような信頼で成り立ってきたはずだ。

また、一般的に言われるように陰毛周辺にはランドマークがあるいわゆる観光地みたいなものですから、きっと景観条例のようなものがあり、要は男性器より高いものが周辺に生えることは条例により許可されていないのではないか。法が、ルールが管理する。だから素人が手入れをする必要というのは基本的にはないはずである。

今年で44歳。いい歳してそのようなふざけたことを考えながらチン毛を切ったからか、今日の朝、頭頂部の分け目からパックリと頭髪が薄くなる夢を見た。かなりの解像度、かなりのリアリティであった。泣きそうになった。きっとチン毛の逆襲である。自分の意志で落ちるのと切られるのは、それは違うと。切った毛を拾って供養したほうがよかったかもしれない。

四国、島だった

今月人生で初めて四国に上陸。兵庫県の明石から淡路島を通って徳島、香川と回るルートであった。

初めての四国で一つ感じたこととして、淡路島から続く感覚に引っ張られた可能性もあるが四国の中を移動している間はずっと「島にいる」感じが抜けなかった。

内陸に入り山に入り、街を通過しても島にいる感じは抜けなかった。調査N数が少なすぎて参考にはならないが、この感覚について四国の人に聞くと「四国にいてそんなことを感じたことはない」という。

そういえば自分は九州の生まれだが九州を島だと感じながら生活したことは一度もない。(沖縄に行った時にはかなり明確に島だと思ったが。)国土自体が島なのが我が国ではあるがそこに「島国」だというぼんやりとした認識はあるものの、実際に今自分は海に囲まれた島にいるんだと思いながら生活している人はどの程度いるのだろう。海辺の町に生まれたが海岸にいるとは感じていたが島にいるとは思ったことがない。

「島」の定義、きわめて簡単に言うと大陸とされるオーストラアリアより小さいものはすべて島になるというが、それはそれとして何をもって今自分がいるところに実際に「島だなァと感じる」のだろうと考えたところ、もしかしたら自分が生まれ育った場所より小さい島から人はそれを島だと扱い「今島にいる!」と思うのかもしれない。そういう意味ではもしかしたら他所から来た皆様にとっては俺が九州大陸だと思っていた場所だって当たり前のように九州島なのかもしれないし、訪日外国人は我々とは全く異なった「今島にいる」という感覚で日本を観光していたりして。本当にそうか外国の方々の意見もいつか聞いてみたいところ。

同じ九州出身の妻が以前台湾に行ったことがあるので「台湾は島だったか」と聞いてみたところ「島だとは思わなかった」と答えた。台湾と九州のサイズは同じ。だからだったからかもしれないが続けてこうも言った。

「台湾は都会でデカいビルが多くて、なんか頼もしい感じがした」

よくわからない意見だと思われるかもしれないが、自分はああそれわかると思った。この感覚なんといえばいいのか。ここが小さな島だとは思わせない頼もしさ?ここですべてがそろう、外には行く必要がないんだぞ、外なんてないぞという安心感である。

それは生まれ故郷に感じるものにも近いことだったりするかもしれない。島にいるとちょっとした心細さ、「陸地」から離れている頼りなさを感じることがある。裏を返せばこれこそが島にいる楽しさであったり解放感、非日常感といった旅行先としての島の醍醐味だろうとは思うが、この心細さの感覚の正体って何だろうといろいろ考えてみたが「何かあったらちょっと大変」「外への移動手段が限られている」といった、外側からの視点が多く、これがずっと中にいる人間との間隔の違いなのかもしれない。

まだぼんやりとしている感覚なのですが、どこかにこの疑問への答えを出してくれる正解があるのかもしれないので本なりネットなりで調べてみようと思う。

傘をさす理由とは

「傘は果たして今のままで完全体なのか?」

以前このような疑問を唐突に投げかけられたことがある。言われてみると確かに傘は今なお不完全な道具だと俺も常々思う事がある。

今の形になってからかなり経つはずで、その後素材やちょっとした改善といったマイナーチェンジこそされどもほぼ変わらずに完成形として扱われて来た傘という道具。すでにパーフェクトソリューションであるような扱いをされているはずなのに傘のサイズや雨の降り方によっては首から上ほどしかきちんと守ってくれないときもある。先日帰宅途中に急に降ってきたにわか雨の中、いざというときの為にカバンの中に持ち歩いていた折り畳み傘をさしてみたが顔以外が全て濡れてしまった。

これを道具としての欠陥とまで言うべきか否かは傘にどれほど期待するかによるだろうが、雨から体を守るというのは傘の最も基本的で根本的な機能なので長年改善が見られないのはやはり道具として少し物足りないところ。

街の中で傘をさして歩く混雑した道は大変なストレスで、他人の傘から落ちる水滴を食らったり傘と傘の衝突で傘がずれたりするなど、しばしば雨とはまた別の二次的な理由で体を濡らすことになる。傘が身を守るどころか、傘を使う者が互いに足を引っ張るのではやりようが無い。

また、傘をさして手荷物を持てば上半身で出来ることは大きく制限され、これは大変不便だ。殊に現代のようなスマホが手放せない現代においては両手もしくは片手の機能を完全に奪われるというのは以前より致命的に思われる。

こうして「傘は今の形で完璧なのか」という疑問を投げかけられてから一ヶ月ほど、俺は完璧な傘について色々考えてみた。

傘が今抱える問題は俺が考える範囲では先にあげたような 1.濡れる 2.幅をとる 3.手の自由を奪う の三つが大きなものだろうか。これらを順番に解決して行く中で自ずと理想の傘が出現するはずなのだ。濡れない、幅をとらない、手の自由を奪わない、うーん、雨合羽だ。ええカッパです。なんてこった。これはもしや、カッパでいいんじゃないすかね。

しかしそんなカッパはなぜか敬遠される(ように思っている)。ときにはカッパを着ているのにも関わらず傘を差している子供も見かける。カッパさんとしてはさぞかし屈辱だろう。カッパという優れたものがあるにも関わらず、我々が道具としてはイマイチな傘を第一優先に使う理由は恐らく単純に少数派だからというそれだけの理由じゃないかと思う。

「カッパの人があんまりいない」

ただそれだけだと思う。雨対策としてみたときに傘ごときがカッパ先輩に勝てる要素は殆どないが、カッパ先輩は何かちょっと大げさっつーかなんつーか、ダサいんすよね、、装着するとルックスが、服装面が完全に変わっちまうでしょう。そういう意味では例えば通勤風景にはちょっとカッパはみためのパワーが強すぎる。だからカッパは少ない。カッペっぽいカントリーな響きもマイナスポイントです↓。

同じように酷暑の我が国で男性の日傘普及率が低いのも「日傘をしている人があんまりいない」に尽きると思われ、だから普及率が高まりさえすれば一気に広がるだろうと思う。

これは傘をさす動機自体にも通底している可能性があり、雨の日に傘をさす理由の圧倒的第一位「濡れたくないから」の次には「みんなが傘をさしているから」という理由も来るのではないかと思っている。

傘をさすのは結構面倒である。手は塞がるし濡れた傘のしまいどころにも困る。雨の降りがひどくない時、傘をさす億劫さが勝りこのくらいなら濡れてもいいかな、なんて思う時でも徐々に歩行者の傘が開き始め、周囲が殆ど傘をさしてしまっている状況だと少数派になるのが嫌で渋々さす場合もまたあるのではないか!この雨の中傘を持っていない気の毒な人と見られたくないし、天気予報を見てこなかった人などと思われなくないなどの気持ちからである。

なので雨が降って来たときに俺などが一番多くやるのは傘を手には持つがささないというやつ。傘は持ってますよ、ただ自分の意志でさしておりません!という世間に向けた謎のアピールである。雨に濡れることより気になるのが結局は世間体というやつ。

 

このような説を唱えるキッズはどこの学校にも一人はいたと思うが、昔松井くんという小学校の同級生が「雨は避けられる」と説き、高速で左右にステップを踏み雨を避けながら下校していたのを思い出す。(それが理由か知らないが松井くんは下校中に交通事故に遭ったことがある。)

そして名前は忘れたが松井くんの友達の子は「雨が降ってきたら雨より早くしゃがめば濡れない」と説いていたがさすがに松井くんにすらも「そんなことはない」と否定されていた。

世間に流されない強い心を、雨の日の傘は試してくるのである。

東横インの朝食バイキング、毎回スゲー並ぶ

ビジネスホテルの東横インによく泊まる人にはおなじみであろうが、どのホテルに泊まっても宿泊客に対して朝食バイキングの会場が小さすぎて毎朝ほぼどこの朝食会場でも朝イチには長蛇の列が出来ている。

この朝食を待つ長い列が耐えられない場合は東横インと決別するか、近所のコンビニで朝食を買うか、さもなくば朝食が開始される6:30より15分ほど前から朝食会場に行き、列の先頭を確保するムーブを取る必要がある。

朝食会場一番ノリになると一応特典がある。東横インのヘビーユーザーはご存じだろうが、朝食会場の準備が完了した6:30、やっとオープンやと前のめりになっている宿泊客を前に朝食係のおばちゃんたちが集合し、横一列に並んで行う朝のご挨拶がある。

「わたしたちが!心を込めて!作った朝食を!どうぞ召し上がりください!」

正確には覚えてないがこんな感じである。15分前から並んでいるからかもしれないがこのご挨拶、結構長い。体感で2,3分に感じられる長さである。そして特典とはこれです。

≪早く終われッ!≫

恐らくそんな事を思いながらジッとそれを見つめる宿泊客。死んだ目でスマホをイジるリーマン、一体何が起きたか分からず戸惑う外国人旅行者。長い列を作り腹を空かせたそれら大勢の宿泊客と向かい合って勇ましく叫ぶその様、まるで試合前にラグビーニュージーランド代表が行うアレに似ていることから俺はそれを「東横ハカ」と呼ぶことにした。

東横ハカが終ると東横イン朝食チームの気合も十分。いよいよゲートが空き朝食バイキングの開始である。和食洋食、カレーに麺類。外国人観光客が増えたことから種類も増えたように見え、また列や順路には以前より細かい説明やルールを記入する英語の説明書きの立て札が増えたようであった。ルールは単純で一列に並んで一方通行。追い越し禁止である。

先日東横インに泊まったときのことであるが、俺の後ろのおばあさんが「ねえあのパン先にとっていい?」「ねえヨーグルトを食べたいのでコッチから行っていい?」と俺の後方から東横朝食チームに投げかけるも、その都度「順番でお願いします」とたしなめられる始末。当たり前である。東横サンの決めたルール無視のそんなナマを言いやがって、お前はさっきの東横ハカの迫力を見ていなかったのか!と思った次第。

しかしそれでもまだまだ食い下がるその老婆、なぜそんなに生き急ぐのか…更に「コーヒー先にとっていい?」と質問するも再び却下されると遂にこう叫ぶ。

「ちょっとサァ、ルールが多すぎるわ!」

ルールを破る人の考え方を垣間見た気がしたが、ルールは一つである。とりあえずその場にいた宿泊客の間には、あの老婆は今日の朝食は洋食でキメようとしたんだなということだけがインプットされたのであった。

塾のお迎えに

長男が塾に通うのを見て俺も俺もと小学生の次男が自ら進んで塾に通いだしたまでは良かったがしばらくすると「行きたくない」と言い出した。話を聞くと家から歩いて僅か10分の塾までの距離を一人で歩いてい通うのが毎回我慢ならんらしく、それを理由で行くのを渋っている模様。

引っ越してきてからまだ体に合ったサイズの自転車を買ってあげておらずとりあえず塾は近いから良いだろうと歩いて通わせていたがやはりそこまで歩くのが面倒なのだという。

それ以降塾の時間になると毎回説得し行かせるのだが、ある日とうとう「今日は絶対嫌だ」と動こうとせず、その日は何らかの小テストがある日だったという事もあり妻からの「帰りだけ迎えに行くから」というオファーにより何とか家を出てくれた格好。

「帰りだけ迎えに行く」というあまり魅力的ではない妥協点にもかかわらず次男が納得して出発したことから本当にただ歩くのだけが億劫だったんだな。それを自分で実際に歩いて試してみる意味でもいい機会になると思い、俺が帰りの迎えを買って出ることにした。

次男の塾が終る時間が近づき約束通り家を出発。家から塾までの道のりはひたすら広めの歩道のある真っすぐの道。楽勝である。

塾。塾かあ。俺は人生で一度も塾に通ったことがない。行ってみたかった、塾。
教員だった親にとって塾というものの存在自体が許せなかったかのかもしれず、まして自分の息子が行こうなど許せるはずもなく。

案の定みんなが行っているからと何度かお願いしたが親からは全て却下され、俺は大学まで自力で行く羽目になってしまった。勉強は孤独でただただ辛かった。

俺は塾のルールとか雰囲気とか何が学校と違うのかとか、そういうのが全く分かっていない。通っている息子たちの楽しさ、辛さも何もかも俺には分からないのだ…。

だからせめて塾までの徒歩10分の道のりがどのくらい面倒なのか見てみようと思ったわけであるが大人が歩けば直線距離で5分ぐらいだろうと思っていた道も実際にはちゃんと10分ほど余裕で掛かるのなかなかのものであった。

塾までの道はなだらかな下りの坂道になっており、行きは良いが帰りは上り坂道。2つの交差点で横断歩道を渡り一部混雑した駐車場のあるスーパー前を通るのも慣れないと最初は嫌かもな、などとブツブツ言いながら、思ったより遠くて人通りも多い道をサンダルに部屋着で出てきてしまったことを後悔しつつ足早に次男の塾を目指す。

次男の塾が終る時間より大分早くついてしまった。

塾の出口前に陣取り次男を待っていると次第に他のお迎えの親と思しき車が駐車場に次々と入ってくる。殆どがデカいファミリーカーに乗ったお母さんたちである。

サンダルで部屋着の俺だけが屋外に立ち、夕日に顔をしかめ腕を組み待つ。駐車場のお母さんたちから見られている気がして待ち時間が長い。

結局待つこと10分。出口から塾を終えた子供たちがワッと出てくる。次々と出て来ては駐車場に親の車を発見して吸い込まれていく。

次男が現れたのを発見したとき努めてフレンドリーな感じで「よっ!」とニコニコ目を合わせてみたが疲れたのかあまり機嫌はよろしくなく、「よし、行くぞ」という俺がそのまま歩いて家路を目指そうとするのを見て次男がようやく口を開く。

「車じゃないの?」

そうだよ、としか言いようがなかったがその時に色々と気づいてしまった。しかし時すでに遅しである。

「そうだよ…一緒に歩いて帰ろう」

次男はため息を隠そうとせず、気まずい俺は黙ってまた10分の帰り道を息子と一列に並んで黙って歩いていく。車で迎えに来てもらえた子たちが窓を開け「バイバイ」と声をかけて行く。

次男の事を子供扱いしてしまったようだ。1人で歩いて帰るのが寂しいから誰かに来てほしいわけではなく、求められていたのは「車で迎えに行く」だったのである。

この場合、車に乗ってこない父親はただのジジイ。もはや父親など一緒に帰ってもらいたい年ごろではない。父と子、一言も喋らずに家路を目指し、黙って帰宅。

10分の道のり、かなり疲れる。

妻からの「遅いと思ったらまさか歩いて迎えに行ったとは」という趣旨のことを黙って背中で受けながら、俺はリビングで靴擦れしたかかとに絆創膏を貼っていた。