俺が見えないのか すぐそばに居るのに

吹き抜けになっている自宅の2階からリビングにいる家族に「今日COSTCO行ってデカい肉買いに行こう、あと水もないし。あ、この際だからビールもまとめ買いすっか。」と呼びかけたが誰も返事をしなかった。

「おーーい、COSTCOいこうや。デカい肉と水とビール買うぞー、いいかー」

2度目の呼びかけ、しかし誰も返事をしない。妻はスマホを見ている。息子1は本を読んでおり息子2は絵を描いている。俺の声が聞こえないのだろうか。俺が見えないのか、すぐそばに居るのに。

「おい!COSTCOいきませんか!デカい肉!水!ビール!」

再び俺はリビングの家族に向かって2階からデカい肉、水、ビールという、熱にうなされたバカのうわ言のような3度目の呼びかけを試み、そしてやはり反応がなかったその瞬間、

「まさか俺、、、し、死んでる...?」

そう、割と、かなり真剣に、高いところから家族を見上げているシチュエーションも手伝い、自分が幽霊になったのではとほんの一瞬だけでも疑ってしまったのである。ここは天国、俺はCOSTCOのデカい肉と水とビールが諦めきれずこの家に居座る悲しい地縛霊なのかと。いやすぎる。

また先日久しぶりに日本の知り合いに近況をたずねる他愛のないLINEを送ったが3日経っても返事が返ってくる気配がない。時を同じくして日本の同僚に電話をしていたが留守番電話になり、そのまま折り返しの電話がかかって来ていないことに気づき、また別の友達の子供の誕生を知らせるSNSに対し、滅多にしない俺のやんごとないコメントも放置されているようである事にも気付いてしまった。俺のコメントの前まで、他の人には全て返信されているのに...?

そしてその瞬間、割と真剣に

「これは、、、まさか日本で何か大きな天災などがあったのでは」

そう思って、ツイッターやネットで一応調べてしまったのであるが、やはりというか、何も起きておらず俺への返事が連続で放置されているという天災より悲しい事実に直面してしまった。

突然後輩になるオッサン現象

本日は「突然後輩になるオッサン」現象という概念についてお話したい。

最初にこの現象に気付いたのは学生のとき。アルバイトをしていたカラオケ屋の店長(47)が、突然我々に敬語を使い始める時間帯があることに気付いたのが発端である。それは妙な体育会系のノリで「~ッス」という具合。サン付けまでしてくれるという徹底ぶりで、普段は推定能力の500%ぐらい余計に偉そうにしていただけに甚だ奇妙であった。

「いいッスよ、俺がやるッス、俺がやるッス」

このように言葉だけでなく、積極的な態度まで完全に後輩になるのである。顔はいたってマジであることからおふざけではなさそうである。俺が何かしたようにも思えず、心当たりが全くない。

この店長後輩化現象、他のバイト仲間に話したら「確かにそういう時間帯がある」という証言が得られた。スズキ君というイケメンは「試しにすき放題こき使ったら言うことを聞いた」とかなり踏み込んだ検証を行っており、イケメンの秘めた残虐性を垣間見た瞬間でもあった。

「おい、ちょっと時給あげとけや」
「上げるッス、スグ上げるッス」

こんなことも可能だったかもしれないが、勇気のない俺は結局後輩化した店長をスルーすることしか出来ず、ただ気持ち悪さを感じながら働いただけであった。

「洗い物はボクがやっとくからいいッスよ?」
「・・・・お、おうよ。」

「幼児退行」はよく聞く話だが、このような「後輩退行」は聞いたことがない。仮に精神的な何かだとして、退行するにしても青年時代にというこの中途半端な退き方はイラっとする。歳をとりすぎて退行が幼児にまで達しなかったのだろうか。詳しいことは素人なのでよくわからんけど、なんにせよ退くならもっときちんと退いてほしいものである。

今回のカラオケ屋の店長は一つの極端な例かもしれないが、こうしたオッサンの意表をついた後輩化は珍しいことではない。皆さんもどこかで経験したことはあるのではないだろうか。

終始厳しいムードで進んだ緊迫感溢れる会議。ご講評をとコメントを求められた会社の偉い人の、その締めが「じゃあ、それでいいッスヵね!?」など、肝心なところで後輩化して妙な雰囲気になる事例など、気づけば沢山あるはず。

そういう時はどうか騒がず、落ち着いて適切に先輩ぶってもらいたい。先輩だからって殴っちゃだめだよ!

マサルセックス

中学の頃、近所の電柱に緑色のスプレーで「マサルセックス」と殴り書きされていた。

最初はよく読めなかった。雑な字であったし、スプレーとはいえ風雨にさらされたのかところどころ線は消えかけている。それでもセックスだけはハッキリと読み取ることができた。問題はセックスの前の三文字だったが、あくまで実存する日本語の範疇でその意味を考えつつ、数人で解読してみると「マサルセックス」に着地せざるを得なかった。

マサル・セックス」

マサルセックス。言葉の意味は分からないがとにかく凄く自信に満ち溢れた言葉だった。全員セックスをしたことがなかったのでなおさらである。通るたび、その電柱からはえもいわれぬ神々しさすら感じられた。

ただ不幸にも、当時所属していたバスケット部にはマサル君が居り、彼はその落書きのせいでしばらく「マサルセックス」という中学生らしい安直さでとても残酷なあだ名を付けられる事となった。マサル君もまた、もれなく童貞である。

我々より読書量、映像教材の経験が多く、より性知識を持った平たく言うとめちゃくちゃエッチなことに詳しい連中により、我々が「マサルセックス」と読解していたものが実は「アナルセックス」の間違いだと嘲笑と共に指摘されたことにより、我々のエロ知識には遅まきながらアナルセックスが伝来した。

「そのような裏ワザがあるんですねえ」

と同時に、思い出されるのは我々の勘違いで不幸にもマサルセックスと名づけられたマサル君の心のケアであるが、「ならば」とばかりにその後マサル君はしばし「アナル君」と呼ばれる暗黒時代を迎えるのであった。

人違いでした

オフィスビルの中にあった本社勤務の頃、朝の出勤時に会社のエレベーターに乗り込んだ折、すぐ後から乗り込んできた自分の会社の偉い人に挨拶したつもりが、それが全然違う別の会社のアカの他人で酷く恥ずかしい思いをした事がある。

勘違いするに至った理由、間違えてしまった人と目の前の他人の一番の共通点は他ならぬ「共にハゲていた」であるわけだが、特にその時は背格好、共にメガネであること、なにより頭頂部の毛の具合が大変よく似ていたものだから、割と反射的に、ごまかし様のない大きな声で「こんにちは」と挨拶をしてしまったのだ。

エレベーターの中での人違いは恥ずかしいもので、間違って挨拶した相手は最初は驚いたような顔をしてこちらを(誰だっけ?)という顔で覗き込んできたのだが、すかさず「すいません、間違えました」と言うと、男性は「あ、いいですよ」というにこやかな顔で軽く会釈、、したかと思ったのだが、男性は急に「んんー?」と言った具合に顔をしかめると何かを悟った険しい表情で俺に背を向ける。

不機嫌そうなその背中から聞こえてくる彼の心の声はこうである。

≪こいつ、別のハゲと間違えやがったな!!!≫

おそらくハゲるとこういう事を何度か経験するのかも知れず、気をつけようと肝に銘じた次第である。(頭皮のケアを)

アメリカ人はいつもエキサイトしている

アメリカ人の挨拶でよく使われるのが「I am so excited」という表現である。エキサイトとはいうがここでの意味はワクワクしてるとか、楽しみにしている程度でほぼお決まりのフレーズといってもよい。

例えば新しく職場に入ったスタッフが「皆さんと働けるのを楽しみにしてる」という感じに自己紹介する場面でも使われるし、何かのイベントで司会者がI'm so excited to see などといって「私もワクワクしてます」と場を盛り上げる意味でも使われたりするなど、とにかくアメリカ人の挨拶の冒頭にはexcitedがよく使われるようである。

ただ我々日本人からするとどうだろう、このエキサイトという言葉に抱くイメージはこれらとはちょっと違うものではないだろうか。俺の場合はエキサイトという言葉を聞くとなぜかプロ野球珍プレー好プレーの外国人助っ人同士の乱闘シーンが真っ先に思いついてしまうのである。その次に出てくるのはなぜかしらんけど野坂昭如がパーティの壇上で大島渚を殴った場面である。

「激高」

俺のエキサイト観を表現するに一番シックリ来る表現を探したらば、激高だった。そして激高といえば大の大人がカーッとなって我を忘れて殴りかかる、あのプロ野球珍プレー好プレー大賞の乱闘シーンに他ならない。あとは野坂。

だからなのかも知れないが、アメリカ人が、直訳すると「私は今エキサイトしながらここに立っています」とか「皆さんと一緒に働けることにエキサイトしています」みたいな挨拶をしているのを聞くとそのギャップに対し「てめえこらエキサイトしてんじゃねえよ...落ち着けよ...」とひとり妙にウケてしまうのである。

そんな俺であるが人前の挨拶でエキサイトしたことが一度だけある。渡米して日も浅いころ、インターネットで調べた「アメリカの職場での最初の挨拶」に、それを使うようそそのかされたのが最初で最後のエキサイト。エキサイト翻訳とは言ったものである。

「アイム、ソーエキサイテッド。」

あれはまったくエキサイトしていない、極めて冴えない表情であった。どこにエキサイトの要素があったのか甚だ不明だがとにかく「俺はエキサイトしている」と皆さんの前で宣言し、緊張した顔でボソボソと自己紹介をするとウェルカムと拍手を受けてはにかみながら席に着いて以来、二度と俺がこの国でエキサイトすることはない。