衝撃!ベンジョンソン・ドーピング事件

ベン・ジョンソンが100mの世界新記録、しかも夢の9秒7台をソウルオリンピック決勝という大舞台で叩き出して金メダルを獲得したときの我が国の騒ぎっぷりはすごかった。9秒79という記録がどういうものかもわからぬまま、当時6歳、子供ながらにその騒ぎに乗せられて「ベン・ジョンソンすごい!」と興奮していたのを覚えている。なぜこうもベン・ジョンソンは俺たちの心の中で輝き続けるのだろう。

今思えば「ベン・ジョンソン」という名前の響きも魅力であったように思う。ファーストネームも何もよく分からず大半のキッズは「ベンジョンソン」という文字列それ一つが彼の名前と理解し「ベンジョンソン、ベンジョンソン」と、ベンジョという親しみやすい響きそのままに繋げて呼んでいた記憶がある。(俺は今でもその感覚だ)

思い出すのは同じソウルオリンピックではアメリカの女性陸上選手、ジョイナーも金メダルを取っており、瞬間的に当時同じクラスにいた足の速い男子には「ベンジョンソン」、足の速い女子にはジョイナーと安直なニックネームが付けられていた様に思う。あの当時、ベンジョンソンときたらちょっとしたムーブメントだったのだ。

しかしながらそうしたベンジョンソンブームも残念ながら一瞬で終了。あの急激なブームの幕引きも印象的だった。「ドーピング」という子供には理解しがたい意味不明な現象により、ベンジョンソンから突然の金メダル剥奪、9秒79の夢の大記録自体も幻となり、ベンジョンソンは陸上競技から永久追放されてしまった。おいおいなんだなんだと戸惑うばかり。ドーピングが何か分からぬまま、さっきまで盛り上がっていた祭りが急に中止となり、「終わり終わりィ!」と急に片付け始められたようなあの感じは今でも忘れられない。

「ドーピングってなんだ」

この質問に対する親の説明がザックリ「リポビタンDの様なものをレース前に飲んだ」という類のものだったため(或いはそうとしか理解出来なかったため)、「それの何がいけないのか」「うちの親もドーピングをしている」というミスアンダースタンドに繋がったものと考えているのだがとにかくあの時の喪失感というか、「えっ」という狐につままれたような感じは今でも忘れられず、ベンジョンソンのことを想いながら悶々と過ごしたキッズは多かったはずである。

彼が「ルール違反をした」というその内容がだな、例えば「卑劣!ベンジョンソン、審判の目を盗みちょっと早めにスタートしていた!」とか「極悪!!ベンジョンソン、隣の人にひじうちをカマしてました!」などの子供にも分かりやすいものであれば俺たちも「なにい!それはいかん!ベン、追放!」となったのであろうが、「悲報!ベンジョンソン、筋肉増強剤を使用!なお、どうやらそれはリポビタンDのようなものらしい。」と言ういまいちピンと来ない理由ではボクたち田舎のバカの子らには「ハテ・・・?リポDぐらいでお気の毒に。」となるわけであり、あの熱狂に踊らされた確かな事実を消化しきれなかった訳である。

記録のすごさとベンジョンソンというベンジョのような名前。増強された筋肉による強烈な外見と圧倒的なスピード。もちろん、彼の後にもスター性のあるランナーは確かにいた。誰もがルールにのっとった正しいやり方でベンジョンソンの記録に肉薄し、ある者はあの幻の記録にたどり着き、そして追い抜いてきたのだが、残念ながらあの時のベンジョンソンの衝撃には到底かなわないように思う。

それどころか、逆にあの当時ベンジョンソンであれだけ盛り上がっていたところに、突然ドーピングとかいうビタミン飲料風情に水をさされてスッカリ白けてしまった反動からか、その後100m走で色んな大記録が出るたびに「おいおいおい~、飲んでんちゃうのォ?ドのつくアレェを?アレをサア!オォ?」というドーピング疑いおじさんになってしまい、素直な心で陸上競技を見られない悲しいカラダになっちゃったのである。

このロスト・ベンジョンソン体験は完全に俺だけのものなのか、もしくはあの当時キッズだったみんななら同じように感じ、育ってきた悲しいトラウマなのか、もし同じ想いを抱いていた人がいれば、ベンジョンソン事件の悲しみを分かち合いたいものである。