俺たちのワンサウザンドウォーズ

「ワンサウザンドウォーズ」という言葉をご存知だろうか。
wikipediaの漫画「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」の中の、「黄金聖闘士(ゴールドセイント)」の項目にはこう書いてある。 

『千日戦い続けても決着がつかないとされる、一種の膠着状態。黄金聖闘士同士が戦えば、実力が拮抗しているためこの千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)に陥るか、双方消滅するかのどちらかになると言われる。』

 ハイレベルで実力の拮抗した人物同士がぶつかり合うと1000日の膠着状態が続くか、もしくは共に消えてしまう、というのだ。
子供の頃この場面を読んだときには「自分も同じ力のヤツと組み合うとワンサウザンドウォーズになるってワケ・・・・?!」などとかなりワクワクしたのを覚えている。

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案の定、「ほぼ互角」と認識していたひでと君という友達と駅前で組み合い検証したことがあったが、互角と踏んでいた二人の間にわずかな力の差があったのか、千日どころか1分と持たずにお互いがヨロヨロッと激しくよろめいてすぐに終了した。
以降、ワンサウザンドウォーズを試す相手もチャンスも無く、結局本当にそうなるのか分からぬまま。「ふふ、所詮漫画の世界よ」と俺は大人の階段をひとつ上がり、その言葉自体を忘れ去ることになるのである。

 

そして時は過ぎキッズだった俺も29歳、すっかり大人になるとその当時は東京で会社員をしていた。
そんなある日、事務所にかかってきた電話を取るとそれは支店長宛ての内容である。チラリと見ると5メーター先に支店長は在席だったので「少々お待ちください」と保留にし、受話器を片手に遠くから「支店長、○○商事さんからお電話です」と伝える。

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この支店長、年齢は50代だが耳があまり良くなく、話掛けても一回で伝わることが少ない。大体一回目では全く反応しないか、聞こえても「ん?」と聞き返してくるかのどちらかなのである。
それが分かっているならばコチラも学習して支店長宛にははっきりと大きな声で話しかければ良いのだが、何を隠そうこのわたしもまた滑舌と声量にプロブレムを抱えた社会人としては大きなハンデを抱えた悲しい若者だったのである。そして耳の遠いおっさんと滑舌の悪い若者の会話が始まる。

 

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「支店長、○○商事さんから電話です」
「・・・・」
「支店長!○○商事さんからのお電話です」

 

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「ん?」

 

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「○○し・ょ・う・じさんです お電話が入ってます」

 

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「え、ビョーキ?」

 

かくのごとき次第である。ビョーキはてめえだろといいたい気持ちもぐっとこらえ少し考える。
しかしまあこの度の電話の相手、掛かって来た「○○商事」と言うのがまたコレちょっと長い名前の会社であり元々言いづらいし聞き取りづらい社名なのである。そこに、よりによって当事者はアレなもんですから、必然的にそのやり取りは1分近く続いた。
気合を入れて「○○商事です!」といくらはっきり大きな声で発音しても「はへ?」と通じない。もはや俺の能力を超えている気がした。同時にそれは支店長のリスニング能力をも・・。
こうして続く、ポンコツVSポンコツの飽くなき闘い・・・・・音情報として伝わらなければメモなりなんなりの対策を講じて何とかしなければいけないはずが俺はそれをせず、ひたすら遠くから口での伝達に固執した。それはなぜか。

 

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《これはワンサウザンドウォーズだ・・・・!》

 

そう、これはあの日夢見たワンサウザンドウォーズ、引き下がるわけにはいかなかったからである。
ハイレベルの耳とハイレベルの舌がいまこの事務所でしっかりと組み合った…!高次元で実力の拮抗した者が組み合っているこの状態はまさに俺が夢見たあの瞬間に他ならなかった!

しかしである。噂がホンモノならこれから1000日間、弊社に電話して来た「○○商事」の人を電話の向こうでずっと待たせることになる。なんて恐ろしい事態だ。そうでなければ「双方が消滅」である。そんなバカな、こんなジジイと、労災もいいところだ。

長年捜し求めていた好敵手(ライバル)に出会えた嬉しさよりも「このままじゃ双方消滅しちゃう」という恐れから、○○商事の人には少し待たせたのち「すいません、支店長は今席をはずしています」とお伝えした。
あれは賢明な判断だったと思う。