孤独のグルメ さくら水産のB定食(500円)

居酒屋チェーン「さくら水産」の日替わり500円定食には大変お世話になった。

どの店舗もそうなのかは知らないが、20代後半、当時の勤務地でもあった為頻繁に通った立川店ではA定食が魚、B定食が肉料理と決まっていた。

魚より肉のほうが価値があると思ってしまうチャイルドなので、今まで一度もA定食を頼んだ事はなく、A、Bそれぞれが今日は一体何なのか一切確認せぬまま、駆け足で入って来た勢いそのままに、一瞬の迷いも無く券売機の「B定食」ボタンを押す日々。
俗にいうBダッシュである。

あの日はやや遅めの昼食ということもあり、店の混み具合も大した事もなかろうと駆け足もせず落ち着いて入店。
この日も押すのは勿論Bのボタン。もはや定番、いつもの作業。厨房の大将とアイコンタクトだけで「いつものヤツね」と言ってもらいたいくらいだが、厨房にはスリランカ人である。

券売機を一瞥、B定食が「肉野菜炒め定食」であることだけを確認したときには既に俺の500円玉は券売機へ吸い込まれ、出てきた食券を店員に渡せばあとは座敷の4人掛けのテーブルへどっかと座る。

「Bテイ、イッチョー!」

愛想のよい中国の女の子がいつものように元気にシャウト。
すると大体、よほど混雑していなければ30秒もしないうちに俺のテーブルの上にはB定食がやってくる。俗にいうBダッシュである。

20代やそこらの男にはこの爽快なまでの肉へのショートカットがたまらなかった。さらにご飯おかわり自由、生卵/味付け海苔使い放題とくれば文句は言えない。日替わりの定食にも外れは無く、いつだってさくら水産は俺の期待通り。

だけどあの日はいつもとちょっと違っていた。


「ビー、一丁」へのアンサーとして厨房から帰ってきたのは非情なアナウンス・フロム・厨房である。

「Bはさっきので終わりました~!」

「ガッデム!」という表情を、俺はあえて隠さなかった。Bが終わりだというのである。男女のアレコレだって「A→B→C」の順序だってのに、Bまで知ったおマセな俺が今更しょっぱいAなどに戻られるはずがあるでしょうか。

《ええい!Bが無いならCじゃ、Cを持てい!》

「緊急でC定食を作らせるぞ」という表情を、俺はあえて隠さなかった。「落とし前をつけろ」という表情を、俺はあえて隠さなかったのである!
しばし続報の無いまま待たされる。テーブルの上には取りあえず運ばれたみそ汁と白ご飯だけ。4人掛けのテーブルで腕を組み、にわかに忙しくなった店員の対応を、まるで夜空に輝く北極星の如く、一人4人掛けテーブルにて微動だにせず凝視していると、北北西の方向にある厨房から状況の変化を知らせる速報が。

「い、いえ、Bは、Bあと1名様まであります!」

歓声でもあがりそうな、あれは消息を絶った宇宙探査機無事を確認したときのNASAの管制塔のような言い方であった。

そんなんどうでもいいから早くもってこい...みそ汁が、ライスが冷えるじゃろがい!という表情を、俺はあえて隠さなかった。

ともかくこうして、大好きなB定食が品切れになる一歩手前に、まさに滑込みセーフで今日もB定食に、肉に間に合った。ありつけた。

俺の後にB定食の食券を購入した為にB定食を逃したもの達もいる。そんな彼らから注がれるセンボーのマナザシ。三度の飯より肉が大好きなチャイルドな彼らには申し訳ないが大人の階段登る、ということで今日は目くるめくアダルトなAの、お魚の世界へ足を踏み入れてもらいたい。忘れよう、Bの野郎は死んだのさ。Bはイケメンだったよ。Bは特攻野郎だったよ。BはBカップだったよ。南無。

そうして運ばれてきた本日最後の「肉野菜炒め」は、鍋底からかき集めて無理矢理捻出したのか若干肉が少なく野菜、特にキャベツがかなり多めだった。ひょっとしたら本当はもう肉野菜炒めはラスト一人分も無かったのかもしれないが、俺の「B以外受け付けませんが?」という地蔵顔に怯んであちこちにへばりついていたカスを無理矢理かき集めたのだろうか。

《そこまでして肉にこだわる必要はあったのか...》

念の為、本日のA定食を確認すると「焼き魚」である。...まあ、手負いの肉野菜炒めでもまだ勝てる相手だ。

いただきます、と手を合わせて食事にとりかかろうとする。時間は13時過ぎ。遅めの昼食が始まる。それにしてもB定食にありつけなかった方々はどうするのだろう、まあ、私の知ったことではないのですが...。

などとほかの人々の心配をする余裕などみせつつ割り箸を割ろうとしたその刹那、とそこへ、厨房から実に信じられない続報が耳に飛び込んでくる。

「本日、肉野菜炒め終了なので、B定食はトンカツに変更です!すいません!本当に、すいません!」

トンカツと聞いて思わず手が止まる。トンカツ、あのトンカツか...?!

それに「すいません!」って。男がみんな胸の中に持っている「肉料理偏差値早見表」で確認するまでもなく、どう考えても肉野菜炒めよりトンカツのほうが明かにランクは上である。西のトンカツ、東のトンカツとうたわれ、金と暴力で全国制覇を成し遂げたあのトンカツではないか。肉野菜炒めの代わりがトンカツ、それじゃあバランスが取れないのでは?!下のモンに示しが付かないのでゎ?

そんなもん、あてがわれるべきテントの無くなった難民の方々に「すいません、テントが無いのでヒルトンでいいですか?」って言ってるようなもの。イエス,イエスの大合唱間違い無しである。事実、思いがけず訪れたラッキー・トンカツチャンスに、俺の後ろで食券を買ったB定食難民は「一向に構いません!」という一点の曇りの無い表情でそれを受け入れる。

 

「トンカツですいません!すいません!」

「しょうがねえなあトンカツで我慢してやるか...(ニヤリ!)」

 

「・・・・・」


4人掛けのテーブルに座った俺は、今やますます野菜が多く感じられる目の前の肉野菜炒めをジッと眺める。俺はそのとき肉野菜炒めにはまだ手を付けていなかった。これは本当。だけどどうしろと言うのです。

せめて、と思い、いつもより多く味付け海苔を使ってやった。