セックスがこわい

性に目覚めた中学生のときだったのだけど、あまりにも毎日エロいことばかり考え過ぎていたせいで、夕食どきなど家族の集る一家だんらんの場で「いま何か声を発したら俺は自分の意志に反して『セックス』と言ってしまうのではないか」という強迫観念に苛まれ、しばらく親とまともに口をきかなくなるという事態に陥ったことがある。

口をきかないといっても勿論一切というわけではない。ただしそれは最小限である。必要に迫られて喋るにしてもリスクを考えてハッキリとは喋らず、ボソボソと言葉少なめに、非常に慎重に言葉を発していたように記憶している。
俺は毎日こんなにエロいことばかり考えているのだから、、、!という後ろめたさからかちょっと気を抜くと頭の中の言葉が無意識のうちに口から出てしまうに違い無い、そして出てくるのはその権化、セックス御大に違い無い、というのが根底にあったのである。

親はそれを反抗期とか思春期という風に捉えていたのか、たまにボソボソと喋る以外、突如としてハッキリと口を開かぬようになった俺に最初は戸惑いつつも、次第に無理には話し掛けようとはしなくなったが、思春期なんてとんでもなく、返事から挨拶から何から全て「セックス!」になってしまうかもしれないという恐怖にただ独り、孤独な闘いを続けていただけだったのだ。お父さんお母さんごめんなさい。

だが意識し、警戒しすぎるほどに良からぬ方向へ向かってしまうのが世の常。
部活から帰り、夕食後そのままリビングで居眠していた俺は「言ってはならない」という強い思いのまさにその反動で「セックス。」とおよそ寝言とは言えないクリアな発音でリビングでテレビを観る家族に向け高らかにセックスの開会を宣言してしまった。
散々警戒していたのにまさか、という想いもあったのだろう。自分のそのセックスで目覚めた俺は、寝込みを襲われうろたえるあまり、よせばいいのに「うああぁぁぁぁ」って言いながら身を起こし辺りを見渡すとそこは家族の集る平和なリビング。久しぶりにクリアに聞いた息子の声が「セックス。」であったことに唖然とする両親と目が合う。

 

その夜こそが、本当の思春期の始まりなのであった。