バーガーキングで全然オーダーが通じなかった

アメリカにいて英語にはいまだに苦労しているがさすがに仕事の話となると共通の話題を共通の用語を用いて話すので大分ましである。使われる単語や表現にはお互いにある程度予想がつき、多少発音が悪かろうと先方が文脈の中から汲み取ってくれるのである。

しかし仕事から離れたときにはなかなかそうはいかず、それはお互いが共通の文脈の上にいない、全くのフラットな状態の中で英語でコミュニケーションをとらねばならないからに他ならない。例えばマクドナルドなら何とかなるだろう。メニューはおなじみでマニュアル通りの接客。お互いに想定される記号のような流れで淡々と話が進むからだ。しかし初めていくレストラン、想定外の質問や表現、単語が出てくるとやはり聞き直さないと会話は難しい。

ドライブスルーでオーダーするのは日本人にとっての高いハードルである。お互い電話より聞き取りにくく、またうまく通じなかった場合に指さしたりスマホで調べるなどの逃げ道もなく、そして最悪の場合後続車のプレッシャーにも耐えなければならない。例えばVanillaは難関である。Vの発音は唇を軽く噛み震わせないといけない。これが難しい。なんだろう、音としての違いよりも何か唇を噛んでいるその行為によってVとBを区別しているようにすら見える。従ってドライブスルーでVanillaを頼むのは難しく、日本人の同僚は何回Vanillaを頼んでもバナナの飲み物は無いと断られ発音が得意なスプライトにせざるを得なかったという。

ファーストフードの店員は若さゆえか多様な顧客に対応する経験も少なく、つまり日本人の英語に慣れていないし、外国人相手にゆっくり話す広い度量も持ち合わせていない。アメリカに来てすぐの頃度胸試しのようなノリで行った初めてのドライブスルーでは早口の若い店員相手に散々な目に遭い、結局助手席の同僚に頼んで貰った。コーヒーすら通じなかったからだ。

先日家族とドライブしている最中、必要に迫られバーガーキングのドライブスルーを利用する羽目になった。コロナの影響で営業が制限され、今目の前にある店舗ではあいにくドライブスルーしか利用できなかったからだ。

「俺は昔ドライブスルーで嫌な目にあったので行きたくない」

などと、家族の前で恥ずかしげもなく弱音を吐くが息子たちは「バーガーキングを今すぐ食べたい」など飢えた畜生のように騒ぎ出し、妻にも子供がうるさいからすぐに行くようにとたしなめられ嫌々ながらドライブスルーの列に加わった。

予めオーダーするメニューをスマホで表示させ、読み上げるだけの状態で待機し、俺の番がくるや程よい緊張感の中満を持してバーガーキングの定番であるWhopperのセットメニューであるWhopper Mealをできる限りの巻き舌で、そして大声でオーダーした。

「ゥワッパーミィール、プリーズ」

しかし俺の放った会心のオーダーは虚空の彼方へ。返ってきたのは「アイムソーリー?」という辛い現実。あの日のつらい思い出がよみがえる。妻が苦笑い。息子が不満そうにため息をつく。まあまあまあまあ、まてまてまてまてと落ち着かせ二投目である。いくぞ、

「ワッパー!、ミィーーール!」

きっと声量が足りなかったのだろう、声量は万物の基礎、倉木麻衣も声量があれば宇多田を軽く超えていたはずなのだからと、先ほどよりもっと大きな声でマイクにオーダーしたのだがしばらくの静寂ののち、「ここはバーガーキングで、あなたがオーダーできるのは〇〇と、××と」という類のゴニョゴニョした説明が始まったことからハテナとしばらく聞き耳を立ているとどうもHappy Meal(日本でいうハッピーセット)と聞き取られ、つまり「ここはマクドナルドではありませんよ」という親切な説明が始まったことに気づき俺のプライドはズタズタに。その後何度かトライするも通じず悲しみが止まらない。

「本当にみんなバーガー食いたいかな」

などといいながらゆっくり前進し、オーダーせずにその場を立ち去ろうとすると家族が「うわーーー!」と騒ぎ出し無念のブレーキ。お前らお父さんをこんなに傷つけてまでバーガーが食いたいのかよ。このお父さんをよ。

アメリカに来て3年、アメリカの学校で英語を学んだという小学2年生の長男は後部座席から「全然だめだよ!アとオの間の声出してよ!」などとやかましく、お父さんの代わりに僕がオーダーするからと後部座席からまるで猿のように「ウオゥァッパー!」「オゥァッパー!」騒ぎ立て、それにはこのくそジャリ、うるせーーー俺がやるから黙れという気持ちにもなるというもので、今やる今やる今やるからと息子を黙らせつつも言うとおりにハとオの間の声を出すとオエエェェェェという吐き気音しかせず、スピーカーからは「アイムソーリー?」という辛い現実。アイムソーリーとは俺のセリフである。あなたに謝罪がしたい。

結局その後俺の発音を徐々にアメリカ側に寄せていった結果、幾度目かでとうとう正解が出たらしく目的のWhopper Mealを無事ゲット、家族からは「お父さん、頑張ったね!すごい!」などたかがファーストフードのオーダーだけでめちゃくちゃ褒められ、俺も何かまるで大冒険でもしたかのような充実の表情で戦利品のバーガーを手に取り、バーガーキングを後にしたのであった。