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エビちゃんからのメッセージ

思い出

まだ俺が築地市場の青果部門、果物担当として働いていたときの話だ。

キウイのブランド「ゼスプリ」という名前を一度くらい聞いた事のある人は少なくはないだろう。夏が終わった頃にCM、キャンペーンが盛んに行われ始めるニュージーランド産のキウイだ。
日本で取り扱いしているのが大手商社だからか、毎年シーズンスタート時のキャンペーンはかなり派手。果物のブランドとしてあそこまで大々的にキャンペーンをやるのは他にはあまり無く、以前近所のイトーヨーカードーへ行ったら大々的な試食コーナーが設けられていてものすごい人だかり。1個買う俺に2個も試食させてくれる大判振る舞いであった。

ゼスプリは特にテレビCMにかける費用がものすごい。俺が築地に居たあの当時はキャンペーンソングには浜崎あゆみ、CMに出演するのはエビちゃんこと蛯原友里、そして坂口憲二が起用されていた。
あの当時、浜崎あゆみエビちゃん坂口憲二といったら全盛期広島の「前田、江藤、金本」並みの超一級のラインナップと言っても間違いない。伝わりにくいかと思うのでもう少し詳しく説明すると、前田はライト、江藤がサード、なんと金本はレフトだったと、そういうことである。

特にエビちゃんはあの当時が全盛期。水産用語的には「水揚げされたばかり」の状態でかなり新鮮なネタだった頃。思い出してほしい「エビちゃんOL」なんてのが各地に大量発生し、「エルニーニョの影響か」なんていわれたこともあったとかなかったとか、とにかくアツかった、すごかった、ヤベえ時代。

そんな大変エビちゃん熱の盛んな時代に、エビちゃんはおろかヒトの女ともまったく接点の無いような荒んだ築地市場関係者に対して、やんごとなきゼスプリ様から信じられないお知らせが届き、我々は心から沸き立った。


「いつもゼスプリの販売にご協力いただいている築地市場の皆様向けに、蛯原友里さんと坂口憲二さんから皆様だけの超限定メッセージが!!」


そんなお知らせに心躍らされ、昼飯の後ゾロゾロと会議室に集まった築地市場内の大小色々な会社の面々。参加自由だったがそこには結構集まっていた。
全員作業着の築地市場関係者を前に、パリッとしたスーツを着た大変育ちのよさそうな商社の担当者がキチッと挨拶。「では、」とプロジェクターを使い、ゼスプリについての説明や、販売戦略をプレゼンテーションしようと照明が落とされたその瞬間、「よし」とばかりに全員が長机に顔を伏せ、眠り始める。
少しでも座れるところは仮眠のチャンス、暗くなったら迷わず寝よう、それが市場の常識だ。

「・・・というわけで、以上で説明を終了します」

という言葉と同時に会議室の照明がつけられると、全員が眠りから覚め、長机からむっくりと顔を上げる。老いも若きも全員まぶしそうに目を細めながら、「パラパラパラ・・・」と、とりあえず拍手をするその情けない姿。半目で「ったく・・なんだよオイ」なんて言いながら迷惑そうに起きる馬鹿もいる。お前が自ら来たのにこの態度はどうですか。

「では、最後になりましたが昨年に続き、今年もゼスプリマスコットキャラクターとなった蛯原友里さんと坂口憲二さんからの皆様への超限定メッセージをご覧いただきたいと思います!」

 

《どよどよ・・・》


眠そうだった雰囲気も一転、急に沸き立つ会議室。仲卸の小汚いオヤジも一丁前にエビちゃんのことは知っていたらしく妙に興奮している。テメエの歳でいまさら一体何に興奮しているのかまったく理解出来ないのだが、ここは完全なる男だけの社会、とりあえず「女が見られる」という原始的な欲求から興奮しているのかもしれない。

映像が始まると再び照明は落とされたが、今度は誰も眠ろうとしない。真剣そのもの、単純そのものである。映像はゼスプリのCM撮影現場と思しきセット裏でのインタビュー形式のものであった。やはりといえばやはりだが、二人のスターからの画面の前の我々への呼びかけ挨拶は「築地市場のみなさん」とかましてや「○○株式会社のみなさん」なんてわざわざ言ってくれるはずはなく汎用性があってとっても便利な二人称「みなさん」だった。

エビ・坂口「みなさん、こ~んに~ちわ~!」
エビ・坂口「えー、本日はみなさんに・・・」


《どよどよ・・・》


動揺が会場を包む。

その内容も内容で、カメラ目線のエビちゃんと坂口が画面横に出てくるテロップのクエスチョンに対して、いちいちイチャつきながら答えていくというとても不毛な内容だった。

暗闇の中、イチャつくタレント二人が写るTVRに視線を残したまま、隣に居た知らないオッサンが暗闇の中とてもとても汚い目をして《おいおい、コイツらおっ始めんじゃねえか・・・》とヒソヒソ俺に言ってきたが、俺はそれをシカトした。

その「超限定映像」、実際には2、3分も無かったと思う。なんというか、撮影の合間にちょっと撮りました感がものすごかったのだが、テロップが「ーでは、最後に関係者の皆様に一言お願いします」とAVの導入によくある不毛なQ&Aみたいなノリで表示されるとまずは坂口君から。

「えー、みなさん、今年のゼスプリは・・・」

続いてエビちゃん

みなさーん、とーっても甘~いゼスプリを・・・」


《この女(アマ)・・・そのセリフ、どこででも言ってんだろ!》みたいな雰囲気が会議室を包む。
いや、そんなもん、最初から分かるだろ、という突っ込みは無効である。市場の常識は世間の非常識、散々言われたものだった。

 

終了後、全員ガッカリして会議室を後にしていった。