前働いていた会社にて、社用車をガードレールにぶつけて大破させた同僚が反省の意味を込めて翌週ボウズになって現れた。
完全なる本人の過失ではなかった部分はあるもののその潔さに社内ではなにやら「アイツやるじゃないか」という妙なあっぱれムード。彼はある種のミスを用いてむしろ好印象に転じさせることに成功したようであった。
壁際でボウズにしたその彼を囲む小さな、とても小さな人の輪を、そっと眺めていたのが俺である。
《おいおいボウズにしたぐらいで一体どうしたってんだい!》
そう言いたい気持ちもあったが全員幸せそうなのでそっとしておいた。
それから間をおかずに、今度は係長が顧客の与信管理を怠ったことによりちょっとした損を出してしまう事案が発生。先日の同僚のボウズに倣ったのか、なんとまあ彼もまた続けてボウズとなってあわられた。
おいおい、なんだなんだ、アンタら一体どうしたんだい!これはどこかで歯止めを利かせないと「ミス→ボウズ」の変な慣例が誕生してしまい、そうなると大変やっかいな状況であるように思われた。
そんな中一人の男がこの未曾有のボウズブームに待ったをかけるべく朝礼で一言物申した。
俺が常日頃、かげで「トンボ」と呼び、とぼけた性格や拠点のトップとは思えないと指導力、部下への面倒見の悪さなどから何かとケーベツしていた支店の長、その人である。
トンボたるゆえん、それはルックスが昆虫のトンボに似ていたことが4割、あとの6割は一日中ボケーっとし、時折窓の外を眺めてはトンボのように空を飛びたそうにしているそのつぶらな瞳である。つまりそうすると、トンボたるゆえんはほぼルックスなのである。
あの日の彼はトンボが自由に空を飛ぶときの効果音のように「スーッ」と息を吸うという、彼が言葉を発する前にはお決まりの無駄な深呼吸をなんと5度も繰り返すと、待ちくたびれてイライラする一同を前にこうのたもうた。
「えーー、スーーッ、ミスをしてボウズにした人がこのところ二人いますが…僕はーー、スーーッ、それについてはこう思うんです…じゃあ、最初からボウズの人は悪いことをしてもいいのか?と。」
言ってることはよく分からないけど彼を見直した朝であった。