島にあるヘリポート

髪の量は多いはずであったがいつものように妻に散髪をされている最中、頭頂部が少し薄くなってないかと言われ鏡で見てみると確かにつむじの関係でここだけ地肌が見えているなどという説明では苦しい程度の薄毛の広場がもうじき形成されつつあるような気がした。

「ハゲたらその場所にHと書いてヘリポートにしよう」

これは昔からハゲた人に対して俺が使ってきた心無い冗談だったが今回その悪意が自分自身に向かって牙をむく結果となり、しかしながらこの冗談を自分に向けてみたところ全く面白い様子がなく、今後はやめます。

ヘリポートで思い出すのは確か高校の夏休みだったと思うが、盆休みに母方の祖父母が住んでいる島に家族で行ったときのこと。何かの話の流れで島にある山の頂上にヘリポートがあると聞いた弟と俺がそんな話は長年この島に来ていた中で聞いたこともなかったものだから興味本位で島に来てもめったに行くことのなかった山の方へヘリポートを見に行こうという事になった。

親や親類の飲み会が盛り上がり始め、元々乗る予定だった午前中の帰りの船を夕方の最終にすると言い出したこともあって大人たちが盛り上がる祖父母の家を抜け出す口実にも使ったような記憶もある。

昔から祖父母の住むこの島では歩いていける海水浴場ぐらいしか行くこともなく、山には畑以外ではこじんまりとしたキャンプ場がある程度で途中の雑木林にある山道にはマムシスズメバチといった地味だが実力のある危険生物が多いという事を聞いていたため殆ど近寄ることもなかったのだが、今回酔った親戚からの逃亡、そしてヘリポートという目的地を得たことで初めてそこに行ってみようという気になった次第であった。

ヘリポートへの行先と距離を示す看板に導かれ徒歩で30分ほどの移動の果てにたどり着いたわけだがそれは思い描いていたようなものとは程遠い、山の頂上付近で平地が広がる一角の周辺よりは若干土地を均したようなエリアの真ん中にヘリコプターが着陸するために必要最小限といった様子で丸く整地された非常になにかガッカリとさせられる垢ぬけないただのコンクリートの広場であった。

そうでもしないと自分が何者か忘れてしまうのか、まるで自分自身に言い聞かせるように「ヘリポート」と書かれた当たり前の看板が立ち、夏になり特に伸びたと思しき周辺の雑草は刈られず殆どコンクリートの着陸地点を覆い隠そうとしている中、申し訳程度に白いペンキで「H」と書かれたコンクリートのエリアが何か妙に間抜けさを際立たせる。この「H」を観に30分、弟と二人薄ら笑いを浮かべながらその時間つぶしの散歩を終えて祖父母の家に戻っていったのであった。

「船が運航できないような悪天候に備えて作られたが、そういう時ヘリも飛ばないので一度も使ってない」

戻ってから聞いた祖父の説明がますますあのヘリポートをマヌケに感じさせた。理由が本当かどうかはさておきHもしたことがないのに島の頂上に無意味に「H」と書かれている事実。そして今後も出来ない未来。Hに憧れるただHなだけの島というだけが我々に突き付けられたが、エピソードも含め何か良いものを見た気がして非常に満足であった。