デトロイトマラソンの終盤に現れる忍耐ゾーンの思い出

去年の秋にデトロイトラソンのハーフに参加し、40歳になってマラソンデビューを果たした。走り終わったあとはしんどすぎてこんなもん二度と出るかと思ったものの、時間と共に「走り終わった後の爽快感」「素敵な景色」「沿道の温かい声援」といった極めて都合の良い記憶だけが残りしばらくすると「もう一度出てみよう」などと血迷い、ハーフマラソン、5キロ、10キロなどその後も大小さまざまなレースに出ては「もう出るか!」を繰り返している俺である。

初めて走ったデトロイトラソンにはやはり思い入れがある。参加したのはインターナショナル・マラソンのハーフ。カナダとの国境近くにあるデトロイト中心部をスタートし国境にまたがる運河を越える橋を渡りカナダを30分ほど走った後、今度は運河の下に走る地底トンネルを抜けて再びアメリカに戻ってくるコースである。

パスポートは事前に登録し当日は国境をノーチェックで走って通過。早朝スタートしたレースでは国境を越える長い橋を渡るときに朝日が昇り、カナダ側に入ると沿道で待っているのはカナダの人々の大声援。ゼッケンに書かれた名前を一人一人読み上げて応援してくれる人がいたが俺の名前は読めなかったらしく俺だけは「フォーー!」とぞ叫ばれなどしたが沿道の声援は走る側にはありがたく、感動したものである。

カナダではブラスバンドが沿道でランナーを盛り上げ、地元の小学生が手伝うグダグダの給水所に顔はほころび、突然始まったギター生演奏にランナーが足を止めて余裕のダンスをカマす風景など、想像していたマラソンの「忍耐!」「苦行!」「アシックス!」とは程遠いお祭りのような雰囲気には、初めて参加した俺もマラソンってなんていいものなんだと感激した次第。

こうしたカナダでの歓迎を背に、アメリカに繋がる海底トンネルを抜け再びデトロイトの中心部に戻ってくるといよいよレースも残り三分の一である。デトロイトの象徴、「GM」の看板を頂きに冠するルネッサンス・タワー、そしてカナダからアメリカに戻ってきたランナーを歓迎するひと際大きな沿道の声援に迎えられながら、ランナーたちはゴールを目指し最後の走行エリアである「デトロイト郊外の住宅地エリア」に突入するのである。

先に言うとこのデトロイト郊外コースが非常に趣の深いエリアでして、あのトンネルを越えて大声援に迎えられたところでゴールにして欲しかったものですね、とは走りながら何度も思ったものであるが、つまり走るコースの大半は皆さんが思い描く治安の悪いデトロイトまでとはいかないものの、中心部から離れた住宅地の、廃墟や浮浪者もまばらに見られる人通りもなく閑散としている実に寂しいエリアだからである。

デトロイトに入った辺りから沿道には徐々に頭のおかしい連中が増え始め、給水所の近くにはダミーの給水所を設置し空のドリンクを取らせようとする頭のおかしいヤツ、「フレッシュ・チップス!」「フレッシュ・チップス!」と沿道で叫びながらランナーに食いかけドリトスを食わせようとするヤツ、「お前らはクソだ」と書かれた血気盛んなプラカードを高らかに掲げる割にすげえ伏し目がちの元気の無い青年や、沿道にある自宅前路上で爆音でDJ行為をカマして半ば妨害活動をするオッサンなど、基本的に最終盤はランナーを困らせる不届き集団が急増。さらに行くと浮浪者の方も増え始め沿道から観客も消滅。誰もいない、何もないただの住宅地を自分の足音だけを聞きながら、パトカーの警備なしには安全なマラソン活動が困難なエリアをフラフラで駆け抜けると再び華やかなデトロイト中心部。待っているのはフレッシュ・チップス攻撃とか爆音DJアタックといったあの辛いデトロイト住宅地の苦行を抜けてここに戻ってきたマラソン戦士を迎えるひと際大勢の観客からの大きな声援。

そして!見えてきたFINISH LINEのゲート。しかし!ゴールするランナーのゼッケンを一人一人読み上げるはずのDJ風オッサンは俺の名前を即座に読めず再びお得意の「フォーーーー!」に迎えられ無事ゴール↓。こんにちは、フォーです。おかげ様で無事ゴールしました。

完全に後半の記憶が消されているがあの「素敵な景色」「沿道の温かい声援」を思い出すたび、辛かったけれども再びマラソンに出ようかななんてことを俺は思っちゃうのである。