中学のとき青木という体育教師がいた。
彼のことは以前性別集会の記事に登場させているが、あの記事では彼に関する情報が「変わった手淫をする」という事以外あまりきちんとふれられなかったため、それでは彼が不名誉だということで、今回はそれ以外の彼の人となりを、教師・青木を少し紹介しようと思った次第。
件の性別集会の記事にも書いているが体育教師であるがゆえに当たり前のように体格はガッシリ、背は180cm超えだっただろうか、その上運動神経抜群、しかも草刈正雄そっくりのイケメンである。更に付け加えるとしたら、とんでもない巨根であった。もし仮に巨根の意味がわからない人がいたらいけないので念のため説明するがチンポがすげえデカいという意味である。
それはそれは、さぞかし他の先生、生徒からも人気で、ジンボーも抜群だったことでしょう...と思われるだろうが実はそうではなかった。野球一筋ウン十年、気付いたころにはガチガチのスポーツ脳で、それが原因なのかしらないけれども融通は利かない、冗談も通じない、職務に忠実で生徒には妙にドライ...という具合に性格的には「つまらない」という評価が男女から与えられていたように記憶している。
またこれは田舎ならではの残酷な定めであるが、通常地元では教師になるべき人間が通ってしかるべきとされていたやんごとなき進学高ではなく、そこからは数ランク落ちる辺境の普通高出身という面も幾らかマイナスに作用し、青木先生をどこか筋肉バカのような扱いをする心無い人もいたという。
俺はそんなヒドいことはしようとは思わなかったが、それでもちょっと理不尽に怒られた放課後には中学生なりのプライドが傷つけられなどし「アオキの出身高校ではいまだに天動説を正として教えている」という心ない噂も流したくなったというものである。
そんな青木先生は、俺が中学一年生のときのバスケ部の顧問であった。忘れもしない、根っからの野球ファン、自分自身も小中高と野球部だった青木先生はバスケ部への取り組みにはあからさまにやる気が感じられず、中学生の最後の大会である中体連の前にも関わらず部活には来ない、土日は休み、練習試合もやらないなど部活の顧問がボランティアである事を差し引いてもその態度があからさまに後ろ向きであったことは中学生にも明らかであった。
青木にしてもそれを隠す気はさらさらなかったようで中体連を前にしてもなお「俺は早く野球部の顧問をやりたい」などと公言していた彼のあの無神経さには、言いたいことも言えないチキンハートの俺はむしろ羨望の眼差しであり、3万円までなら金で買い取りたいほどであった。
そんなことを続けておれば無論バスケ部からの不満は高まるもの。鈍感な彼もそんな徐々に高まりつつある部員の不満をついに感じ取ったのか、ある夏の練習中、いつものように練習も終盤になってようやく姿を現した青木先生が部員を集め「なぜ俺があまり練習に来ないか」の言い訳をするかのように突如として独自の理論を展開し始めたことがあった。もう20年以上前のことになるが俺はそのときのめちゃくちゃな理論が今でも忘れられないのである。
「練習をたくさんすればそれは勝てます。当然勝てるんですね~。」
独特の二度言い話法でスタートしたその日の挨拶。だがその後に続いた独特な理論に、我々は耳を疑うことになる。
「え~、休日にも毎週練習したり、練習試合をたっくさん組んだりすればですね。強くなるのは、これは当たり前です。当たり前なんですね~。でもみなさん、考えてほしいんですが、練習をたくさんしてェ、練習をたくさんしてですよ?仮に負けてしまったら~どうでしょうか...。『なんだ~、あいつら!あんなに練習をしていたのに~、負けてしまったじゃないか、けしからんっ!』と、こう言われるんですね~、それだといけないんですね~。」
《......!》
「仮に負けたときにでも~、そこそこの練習でまあまあよくやった、といわれるほうがすばらしい、場合もあります」
《........!!!!》
これが後々まで語り継がれる「青木理論」である。
「なんだあいつら~、けしからんっ!」のときに妙に演技がかった言い方には「意外と器用だな」と酷く驚かされたが、それにしても特筆すべきはそのトンチンカンな内容である。指導者たるもの「悔いのないように精一杯練習し、その結果負けたのならそれはしょうがない、それでも後々にお前たちの心の中には大切な何かが残る!」ぐらい、例え綺麗ごとだとしても、それぐらい言ってほしいというものである。
だのに青木はそうではないと言うのである。
一通り自説を述べ終えると質問や意見も受け付けずただそれだけを言って「Bye」と職員室へ戻っていった青木先生。夕方6時、噂ではスポーツ新聞のプロ野球関連記事を読む時間とされている。
それにしてもである。あの当時俺の一つ上の学年は市内でも最強といわれたメンバーを揃えた好チーム。市内を制し、さらにそこから県のベスト8、ベスト4を狙おうかというチームを前に突如として宣告したのが「おいおいそうアツくなりんさいな、ただの部活だぜ?(笑)」という、沸騰したお鍋にびっくり水のような内容。
これぞ青木先生を端的に表すエピソードである。
それから二年後、晴れて念願の野球部顧問となった青木先生が、活き活きとした表情で野球部員の生徒たちの休日居残り練習に付き合う様を、俺たちは何度も見ている。真夏のグラウンドで生徒と真っ向から向き合う青木先生・・・・
「努力は君たちを裏切らない。裏切らないんですね」
バスケ部では見せなかった笑顔の奥に青木理論の柔軟性を垣間見た瞬間だ。
更にそれから二十数年。あの時の中学年生が今では社会人である。今回皆様に紹介したこの青木理論であるが、実は最近になって何かと思い出す機会が増えているのである。
たとえばこんな具合である。
「え~、休日にも出勤したり、ゴルフ接待をたっくさんすればですね。売り上げがあがるのは、これは当たり前です。当たり前なんですね~。でもみなさん、 考えてほしいんですが、経費をたくさんつかって、経費をたくさんつかってですよ、仮に売り上げが伸びなかったらどうでしょうか...。『なんだ~あいつら!あんなに経費つかっていた のに、赤字だしてしまったじゃないか、けしからんっ!』と、こう言われるんですね~、それだといけないんですね~」
俺もあの当時の青木先生の年齢に徐々に近づきつつある今、ようやく青木理論の本質が分かりかけているのかもしれない。