昔、伊豆にあるシャボテン公園という割と小さめの動物園に家族で行った時のことである。
それは閉園間際、出口付近にあるチンパンジーコーナーに最後に立ち寄った際のこと。
「知能的には同じだな」などとシツレイなことを言いながら自分の息子をチンパンジーコーナーに連れてゆき、バカ親覚悟でチンパンジーを手招きしては思い出にと息子とのガラス越しでのツーショットを試みんとしていた。
しかし閉園間際というタイミングが悪かったのか、はたまたお待ちかねの夕食前とあってか、チンパンジー諸兄姉はなかなかこちらへ寄って来ない。手を叩いたり声をかけたりなどして呼んでみても「そんな鯉みたいな下等生物の呼び方はお断りですね…」とばかりに一瞥もなく、一向に寄ってくる素振りを見せないチンの字達に苦労していたとき、遠くから救いの手が差し伸べられる。
「ぼくが呼んであげましょうか」
それは少し離れたところから我々家族を眺めていたシャボテン公園のチンパンジー担当の飼育員であった。
さすが飼育員様、彼らの名前と思しき文字列を一声かけただけで空腹のチンパンジーが寄って来て、息子とのガラス越しでのツーショットは無事達成できた。
飼育員の男性、年齢は30後半ぐらいだろうか。
長年このチンパンジーコーナー担当らしく、ここシャボテン公園のチンパンジーについて、生まれたときの事や性格などといったことから、チンパンジーにまつわる豆知識をマンツーマンで教えてくれた。
「チンパンジーと人間の毛穴の数はほとんど同じです」
チンパンジーと人間のDNAの違いがわずか数%ということは何度か聞いた事があるが、あの毛むくじゃらの猿と人間様の毛穴の数もほぼ同じなのだという。チンパンジーの毛が太くて長いだけで、人間も同じような毛が生えればチンパンジーのようになるのだそうだ。
このような形で他にも色々と専門知識教えてもらったが、最も衝撃を受けたのは「チンパンジーに白目がない理由」についてだ。皆さん何だと思いますか。
「チンパンジーに白目がないのは、お互いどこを見ているか分からないようにするためです」
「目が合って争いにならないように、最初からどこ見てるのか分からなくしてるのです」
驚いた。そしてピンときた。それはまさかのグラサンの理論だ。
進化の過程で人間と別れたチンパンジー。人間が必要に迫られグラサンを発明した一方で、チンパンジーはそいつを標準装備とシケ込んでいたのである。
「なに見てんだオラ」
有史以来、争いの原因はほとんどがこれだった。
ポエニ戦争、百年戦争、ナポレオン戦争、第一次世界大戦に第二次世界大戦、最近ではガチンコファイトクラブの揉め事の実に90%が「なに見てんだオラ」から始まっていた。(残りは「ジョートーダコラ」だったと記憶しています。)
いまだ人間の世界では争いごとがなくなる気配は無い。しかしそれがすべて白目があるせいだったのだという事実。にっくき白目なのである。
チンパンジーより進化では先を行ったと思っていた我々人間。しかしそれはどうだろう。チンパンジーは平和のために自らを変えたのである。
ぁなたわ、どちらが進んでいるとぉもぃますか??
「チンパンジーを見習わないといけませんね」
そう締めくくろうとした飼育員の顔を、そのとき初めてマジマジとみたのだが、何と彼の目、その目には白目は無かったのである。ボクは正直めちゃくちゃ笑いそうになりました。
不躾な物言いだが、ペットと飼い主が似るように動物と飼育員にも同じことが起こるのか、それとも彼もこのシャボテン公園で飼育員同士の争いを避けて生き残るために、必死で進化を遂げたのだろうか…!
「でもヒューマンは…ヒューマンときたら、目と目が合わなきゃ…恋に落ちないジャン…!」
そんなことを思いつつなおもチンパンジーを見たがる息子を「ほら、行くぞ、海鮮丼食いに行くぞ」と引っ張りシャボテン公園をあとにしたのであった。