今日俺は自分の本当の名前を知った

「聞いてくれ、今日俺は自分の本当の名前を知ったんだ」

このような書き出しで取引先のTimというオッサンからメールが入ったのは月曜日の朝のことだった。Timと会ったことはないが聞くところによると年齢は60を超えた小太りでヒゲが生えた白髪の男性らしい。元わが社の社員だったが数年前に退社し、今は取引先に転職してこうして時々半分仕事、半分雑談のようなメールを送ってくるのである。

転職が当たり前のアメリカでは元社員が取引先にいき、その後も普通にメールを送ってくることは珍しくない。ただしTimはちょっとした変わり者で、送ってくるメールに占める無関係な雑談の量、そしてそれが送られてくる頻度は相当なものであった。元社員ゆえのフレンドリーなやり取りの限度を超えていて、取引先なので一応は相手にする必要があったが若干社内でも呆れられているというか、慣れた人はもはやそういう人としてその雑談パートには誰も触れることなく淡々と対応をするのが慣例となっている、Timとはそういう人物なのであった。

俺はTimと直接やり取りをすることはなかったが彼のメールの配信先は必要以上に多く、毎回無関係な人も含め十数人が彼の雑談が8割を占めるどうでもいいメールを受信するハメになるわけである。その内容はTimの身に起きたちょっとした出来事を延々と綴ったTimの日記のようなものばかり。娘に車を貸したがガソリンを空にして返したが君たちはどう思うか、とか隣の家の芝刈り機が古いのか音がうるさくて我慢ならなかったとか、そうした実にどうでもよい事を大体2、300文字からときにはたっぷり1000文字超えなど、そこには日本人にはよくわからないユーモアが交えてあり、ときには自分でツッコミを入れたりなどのTimのちょっとクスッとするいい話的な軽いメルマガ、ライブ、トークショー状態で本人はさぞかし気持ち良かろうがそれに対応する直接の担当はたまったものではなくどこに仕事に関係する本題があるのか本文を隈なく見なければならず、また一応その話にも付き合ってあげなければならないから大変である。

そんなTimが冒頭のような書き出しでいつものように配信先がやたら多いメールを送って来たとき、いつもは素通りする彼の長文メールを読まずには居られなかった。

「聞いてくれ、今日俺は自分の本当の名前を知ったんだ」

実に気になる書き出しであった。引き込まれる一文である。月曜の朝一、沢山のメールが来ていてどれから処理しようかという状況だったが俺はTimのメールを開き読むことにした。

「聞いてくれ、今日俺は自分の本当の名前を知ったんだ」

「俺は今まで自分の名前を『ファックユー』だと思っていた」

嫌な予感がした。

「なぜなら、妻が毎日俺をそう呼ぶから」

クソ忙しい月曜日の朝一番、思わぬ形でTimのちょっとクスッとするおもしろ話を読まされてしまい非常に腹立たしい気持ちになるとともに二度とこのオッサンから来たメールは読むまいと心にそう誓った。