「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」の続編が2022年に発売されるという。ゲームに殆ど興味がない俺が珍しくこのニュースに心を躍らせている。それほど面白く、今でも思い出して時々やるほどハマったゲームという事もあるが、このゲームには特別な思い入れがあるからだ。アメリカに来てすぐ、家が決まるまでの一か月をホテル暮らしをしていた頃に殆ど心が折れそうだった俺を助けてくれた心の友、命の恩人だからである。
うちの会社が駐在の為に渡米してきた何も知らない人間に対し殆どシカトをキめこみ、生活のセットアップや日常生活に関する基本的なアドバイスに至る一切を何も助けてくれないエッジの効いた会社だという部分が大きく影響しているが、アメリカに来てからの半月は心の折れることの連続でただでさえ異国の地、誰も身内のいない状態で孤立感は更に高まり、外に出ることに完全に恐怖心を抱き、更にはアメリカ人と顔を合わせるのもしんどい状況になったというものである。
週末はいわゆる引きこもり状態になった中で追い打ちをかけるような事態も発生。それこそがホテルのテレビバグり問題であるが、1か月間泊まる予定のホテルのテレビが初日からバグっており、チャンネルを変える時だけリモコンは効かず、電源を切っても電源を抜いても何をしようとも来る日も来る日も画面に流れるのはそのホテルのプロモーションビデオのみだったのである。
そのプロモーションビデオがまた非常にイカれており、ぐっさんこと山口智充に殆どそっくりの常時半笑いのアジア系アメリカ人がスローなテンポの女性ボーカルが歌ういい感じのBGM合わせ、あろうことか一人でバーベキューを主催するや、次々ぐっさんの家に現れる人々を連続でもてなすという極めて珍妙な映像なのである。(今冷静に考えると設定は普通なので観すぎた俺がイカれていたのかもしれませんが)
それがまた単純な撮影による映像ではなく、よせばいいのにいわゆる写真を細かく繋いで作ったようなコマ送りのようなトリッキーなヤツだったものだからそれを連日見せられるオーディエンスとしては気の狂い様は甚だしく、とはいってもテレビは観たいので「今日こそは」と思ってテレビをつけるたびに「ハズレ~」とばかりに半笑いのぐっさんバーベキュータイムがスタート。無言でテレビを消す俺。今日も、明日も半笑いのぐっさんによる連続屋外バーベキューもてなし事件発生なのである。(誰か2017年夏にMarriotグループのホテルに泊まっていた人がいたらこの映像を見ているはずであるが分かる人がいたらぜひお話ししたい)
このように、例え言語が違おうと、唯一の逃げ場と思っていた外界との接点であるテレビを絶たれた俺はいよいよ追い詰められた。真剣に友達を作ろうとアメリカ在住の日本人コミュニティサイトを発見、そこにあった「友達募集」という今までなら絶対見向きもしなかったコーナーに居たアメリカ人男性に、男女の出会いではなく真剣に友達が欲しい旨、今思うとなかなかキモいドストレートな「寂しい!」みたいなメールを送ったほどであった。
1人だけ1週間ほどメールが続いたものの、殆どは「男性です」と名乗った瞬間連絡がこなくなるケースが多く万策尽き鏡を見ると俺の顔もバーベキューでもてなすぐっさんと同じ半笑いになっていたものであるが、その中の1週間ほどメールを続けた男性とも最後は自然消滅的な感じでメールのやり取りも終了するのだが、今思うともうお前メールしてくるなという意味もあったのであろうか、最後に「ゲームでもしたら?」という投げやりな返信に、ハッとひらめいたのがゲーム機を買うというアイディアなのであった。
ゲームを全くしてこなかった人生だったので全くひらめきすらしなかったが、こういう時にこそゲームはあるのであり、家族もおらず誰にも邪魔されないこの状況は未曽有のゲームチャンスなのではと俄然色めき立ち、そこからは一気である。
仕事帰りに近所のお店のゲームコーナーへ直行。ゲームの事を知らないので今一番流行っているヤツが欲しいと一番売り場で幅を利かせていた赤い箱のゲーム、ニンテンドースイッチを手に取ると、ソフトは正直何でもよかったがそこで目に入ったのが「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」であった。ゼルダか、ゼルダ君ねぇ、ゼルダは俺でも知っている。緑の服を着たゼルダ君がグルグル回って剣で草や敵を切ってはハートを得るハートフルなアクションアドベンチャーであることぐらい、俺でも知ってるってんだい!とばかりに殆ど直感でムンズとゲームソフトを掴みレジに行くとゲームコーナーには似つかわしくないガタイの良い店員から「エンジョイ!」と激励されると、うれしくて思わず「寂しい!」と友達になってもらおうとするところであった。
それからである。俺とニンテンドースイッチは激しく愛し合い、平日は帰宅後から寝るまで一日6時間、休日になると17時間もプレイしたほど。しかしながらゲーム音痴かつ人の話を全く聞かないので一番最初、ゼルダのゼの字と言われるあの例の塔の場所が全く分からずなんと一番最初の塔を見つけるまでに60時間ほど費やした燃費の悪さ。ゼルダが姫のことだという事にも状況が呑み込めず「え、じゃあ、ゼルダ君はどうなるんだい?」と最初はピンと来ていなかったほどである。
そんな中でパラセールを入手して最初のエリアから広大な世界へとびたった瞬間の俺の解放感、感動ときたらですね、なんというか「俺はこのままもうホテルの外に出ないぞ!!!」という捻じれた解放感がそこにあって、異国で孤立していることとかホテルに引きこもっていること、これから先色々とやらなければならないことなどの一切を忘れひたすらに目の前の問題を棚上げし、ただただ茶色いボコブリンを背後からエイッとシバくことに、精を出したわけなんですね。
ゼルダの伝説を命の恩人と呼ぶのはこのような理由からなのであるが、その続編が出るというニュースを聞いて、4年半前、アメリカに来てすぐの辛かった日々を思い出した俺であった。