次男が4歳になった頃、突然つけた名前と違う名前を名乗りだし

次男が4歳になった頃、突然つけた名前と違う名前を名乗りだした事があった。

最初は面白がっていたが、名づけ親であるわれわれ夫婦にもその名前で呼べといいだすといよいよマズいなと感じたものの「そういうのはやめたほうがいいよ」と町で落書きをしている子供を通りがかり軽くたしなめるような距離感の注意しか出来なかったのは俺もかつて幼稚園に通っていたときに突然全くの別の名前を名乗りだしたことがあったからであった。つまり気持ちがわからないでもない。

俺が名乗りだした源氏名は「シュンスケ」である。中村俊輔を人知れず恥ずかしい気持ちで見ていた。しかし俺の名前はシュンスケではない。シュンにもスケにもかすりもしないもっと素朴な名前である。由来も謎だが子供ながらにシュンスケという響きに良さを感じたのかもしれない。でも覚えていない。自分の実際の名前を受け入れたときのことも覚えていないんじゃないかな。

「途中で名前を変えるのはよくないよ」と、かつて自らも気まぐれにシュンスケを名乗りだした俺が、今まさに同じことをしようとしている息子に向かってそう言いながら、同時に子供の頃飼っていた犬のことを思い出していた。

あれはある日家に侵入してきた知らない犬であった。庭に居付きなかなか出ていこうとしないので飼おうという事になり、野良犬だからという理由でノラと名づけたことがあった。数ヶ月一緒に過ごしてみて分かったがノラは極めて凶暴で散歩に行けば脱走し、散歩に飽きるとこちらに襲い掛かり、家に帰ると吠え立てるとんでもないゴロツキであった。兄と俺とで交代で散歩に行くたびに毎回激しく噛まれるのである日突然名前を「カム」にした。カムだ、お前はカムだよこの野郎と。

「途中で名前を変えるのはよくないよ」と、母親だけはノラと呼び続けたが俺たちはカムと呼び始めた。名前が2つになった犬は混乱し、グレて更に頻繁に家出をするようになった。今思うとかわいそうなことをしたが、次男の改名からそんなノラというヤンチャな犬の事を思い出していた。同じように次男もグレては大変である。

なお次男はもう少し小さいときに自分の兄の名前をしばらくの間「俺」だと思っていて、「俺」と呼んでいた。長男が盛んに発する一人称を名前だと思ったからである。しかしながら身近な人や、自分の名前を認識した瞬間を覚えているだろうか。文字を覚え、名前を書かされるその前まで、人からそれがお前の名前だとはっきり宣言されるまでは繰り返し聞かされるその音が名前だとまだぼんやり認識しているうちは、その名前だって好きに変えていいと思ってしまうのかもしれない。

シュンスケだったこともある俺からすると、お前の名前はこれだぞとはっきり伝えるのは多少はばかられたものであった。